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南国の廃娯楽施設(後編)

沖縄県

【探索日】2006年5月

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基地に隣接する、米兵専用だった娯楽施設。


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雨音だけが響き渡る。





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晴れていれば基地からも丸見えになるほどの立地。





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窓枠に残された音響機器の残骸。





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隣の入口からのお誘いは断りました。





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まだまだ雨は激しく降り続く…





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雨が止むまでしばしアートを鑑賞。





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壁に開けられた穴を利用した動きのある作品。





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客や従業員の足音が今だに響いてきそうな床。





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貨物用エレベーターの昇降口もこんな感じ。





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二階を半周して内階段に気付く…





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BB弾が敷きつめられた廊下を慎重に進みます。





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窓の外には…警戒は怠らず。





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この作品が一番のお気に入り。





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しかし火の手はすぐ近くにまで迫っていたようです。





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一周して終了。ギャラリー見学の様相でした。





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この階段はちょっと苦手です。





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玄関まで戻って来ました。雨は若干小降りに。





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隣接する別館が気になったので雨を避けながら向かいます。





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こちらが入口の様ですが…本館とはさらに違う異質な空気;





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恐怖を押さえながら入りました。内部の落書きは少ない。





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バーカウンターが奥に残されています。





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床にタイムカードを発見。時給¥550ですか。

さらに奥へ進もうとした時に何かの気配を感じて撤収。
立地条件、時代背景ともに難しくかなり緊張した物件でした。
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南国の廃娯楽施設(前編)

沖縄県

【探索日】2006年5月2

基地に隣接する、米兵専用だった娯楽施設。


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どんよりとした雲が垂れ込める梅雨空の下、
ダンスホールに到着。建物を一目見た感想は…怖い;





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窓ガラスは全て割られ建物全体に落書きが施されています。





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入口から入る瞬間に雨が滝のように降り出しました。





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普通は躊躇するのですが雨脚が余りにも凄まじいので仕方なく。





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一歩踏み入れると異様な雰囲気。





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ガラスのない窓からは雨が断続的に降り込み
床には瞬く間に水たまりが出来ます。
雨がカーテンとなり外界からはシャットアウトされました。





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広い室内にはBB戦士が築いたバリケードが残されています。





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この建物の中でも激しい銃撃戦が行われたのでしょうか。





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隣の部屋へ向かって振り向いてみると…





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背筋が凍りつきました。





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この部屋は何に使われていたのでしょう。





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鉄格子がはめられた小部屋。





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奥の部屋には焼けて屋根が落ちた現場も…





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光が僅かしか差し込まないこんな場所にも落書き。





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植物の侵入を待つ無機質な空間。





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使われなくなりどの位の月日が経ったのか。





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雨に打たれてもなお色褪せないアート。





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タイル貼りのシャワールームのような部屋。





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外に出て雨に打たれながら二階へ。





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目の前にはアートな世界が広がっていました。





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広い空間の壁には目を見張る作品が描かれています。





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これらの作品達にはどのくらいの製作時間が掛かったのか。
そしてどんな気持ちで作者は描いたのだろう。

[後編へ続く]

土倉鉱山跡(後編)

滋賀県
【探索日】2004年5月
 
滋賀県と岐阜県の県境に位置する土倉鉱山跡。
その歴史は、明治末期に鉱脈が発見され、主に銅、硫化鉄
他に金や銀、そして微量だが鉛も産出された。
埼玉の日窒鉱山で有名な日窒鉱業が運営していた。
戦時中が最盛期だったそうで1500人もの鉱山関係者が
勤めていた。さらに大陸からの強制連行者も働かされていた。
多くの労働者が事故やじん肺、自然災害で命を落とし、
さらに海外からの安い銅に押されて、昭和40年頃に閉山した。


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上から見た柱群、、向こうの広場では
家族連れがバーベキューをしていて、選鉱場内に
イイ香りが漂っています。。




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坑道の一つを覗いてみました。




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コケに覆われた坑道もあります。




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こちらは…覗くのが怖い奥の見えない坑道。




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まだまだあります、丸くなった台座。




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巨大なシックナーの下にも坑道があります。




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中はこんな感じ。。





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もう少し上に行ってみたいと思います。
この階段…削ったのかな?




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屋根のない建物がありました。
頑丈なブロック造りです。




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入口からおじゃまします!




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当たり前ですが、中には何も残っていません。




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柱が立てられていた穴でしょうか?
落ちる事はないと思いますが転ぶには充分。




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覗いてみると…ゴミが散乱してました。




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出口からおじゃましました。。




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落ち葉が満タンに詰まったシックナー越し。




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鉄柱が残されています。これだけのコンクリートに
囲まれていると、一つだけでも違う物質があるとホッとします。




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建物跡がこちらにもありました。




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先程の建物が上から見えます。




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こちらにも坑道が口を開けていました。




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さらに上に登れるようですが、体力の限界で断念;




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シックナーを横目で見ながら泣く泣く撤収。




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この上には何が残されているのでしょうか…




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選鉱場横に立てられている石碑
「土倉鑛山鑛友顕彰碑」と掘られています。




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草木に覆われた建築物。




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所々に木造の家屋が倒壊した形跡が残されています。




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柵で塞がれた坑口がありました。
手前には水が流れる側溝があるので注意です。




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柵越しで中を撮影。奥からも勢い良く水が流れ出て来ています。
ちなみに…虫や小動物の巣窟との話も聞きました(汗)




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遭遇はイヤなので断念です。




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山道をしばらく歩くと小さな祠がありました。




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「昭和十六年十二月 土倉鉱山」と台座にあります。




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向いの川に突き出た排水管。
坑道から流れ出た水がこちらからも出てます。




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さらに山道は続きますが、今回はこれで終了です。

噂されていた神殿のような造りの土倉鉱山、
やっと巡り合え、そして感動をして帰路につきました。
いずれ自然に帰っていくかと思うと…訪れてみて本当によかった。

土倉鉱山跡(前編)

滋賀県
【探索日】2004年5月
 
滋賀県と岐阜県の県境に位置する土倉鉱山跡。
その歴史は、明治末期に鉱脈が発見され、主に銅、硫化鉄
他に金や銀、そして微量だが鉛も産出された。
埼玉の日窒鉱山で有名な日窒鉱業が運営していた。
戦時中が最盛期だったそうで1500人もの鉱山関係者が
勤めていた。さらに大陸からの強制連行者も働かされていた。
多くの労働者が事故やじん肺、自然災害で命を落とし、
さらに海外からの安い銅に押されて、昭和40年頃に閉山した。


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GW遠征で神殿のような美しい鉱山跡を目指し
一路滋賀県へ♪で、道を間違え、お約束の隣山頂上を
制覇!…通行止めの山道でお弁当を食べていた家族の
皆さん驚かせてゴメンナサイ(汗)一旦戻り、地元の
方に道を聞いて何とか辿り着きました。
細い山道を進むと選鉱場跡が山の斜面に残されている。




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選鉱場手前にある大きな土管?




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中を覗いてみました…
泥沼のようになっているので侵入は断念。




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土管の先に駅のホームのような場所。




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積み出し場の跡なのかな?




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ホームから選鉱場を見上げると、
石像のように並ぶ柱が立っています。




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車を置いた場所から選鉱場敷地内に入ります。




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ゲートをくぐって行きます。




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小さな広場に出ました。




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遺跡のような建物を一つ一つ撮って行くのは
かなり時間が掛かるのですが…せっかく来たのだから。。




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またゲートをくぐって先に進みます。





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段差のない階段がありました。
さらにトラロープ…おかげで登れます。
設置していただいた方に感謝です。




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2階部分に到着。長い間に台座などが
風化したのでしょうか?角が丸くなってます。




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坑道があったので入ってみます。
T字になっている通路を左に曲がると
天井に何かぶら下がっています。




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通気口のようです。
覗いてみたら空が見えました。




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さらに奥に続いていますが…
人為的に埋められたのでしょう。




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反対側の通路を進むと外に出れますが…落ちますよ!




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通路から出て大きなゲートをまたくぐり進みます。
この写真は振り返った所。今入った坑道が口を開けてます。




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またも段差のない階段を登ると、先程の柱の部分に出ました。
いやぁ〜壮観な眺めですね!!本当に神殿みたい。。




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建物が建っていた跡でしょうか?




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壁側には無数の坑道が…




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さらに登って山を入れての風景写真。
新緑が清々しいです♪





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上から見たシックナー。雨水が溜まってます。


【後編へ続く】

血飛沫の家

滋賀県
【探索日】2005年2月
 
その廃屋には血飛沫が飛び散っている部屋がある。
こんな噂が囁かれる物件が滋賀に在るとの事だったので、
少ない情報を頼りに市内を彷徨い走りました。


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インター付近との情報でしたが、ふたつ噂があるため
近所のコンビニなどで聞き込み開始…しかし空振り;
諦めかけた道すがら、住宅地で見つけたのがこの物件です。




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電線は切れ、庭は荒れ放題、情報と符合する所が多々あるため
状況を観察するために、敷地内へ入ってみます。




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広い駐車場。屋根のトタンは一部壊れています。




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給水タンクでしょうか?




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残されているモノを見ると、工務店だったようです。




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立派な玄関です。残念ながら全ての窓、扉とも施錠されていました。




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離れの扉だけ開きました。開けた瞬間、廃墟臭とは明らかに異なる
強烈な臭いがします。こ、これは…臭過ぎる(><)





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臭いに追い立てられるように撤収。

情報の通りの場所にあった物件。ここがそうだったのでしょうか?
プロフィール

屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
「NeoNATS」へようこそ!
‘過去’に探索・サイト公開した物件を公開してます。
5月から月2回の不定期更新になります。
よろしくお願いします(*´∇`)ノ

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