賽の河原(後編)

新潟県佐渡島

【探索日】2006年9月

幼くして亡くなった子供達の魂は、三途の川の畔にある賽の河原に
やってくる。親より先に死に孝行も出来ず悲しませる事は、
仏教上では大きな罪であるため、三途の川を渡らせてもらえない。
そして子供達はここで一生懸命石を天に届けと積み上げる。

やっと石を積み上げた途端、恐ろしい形相の鬼がやって来て、
その石積みを崩す。子供達は泣きながら親の名を呼びつつ、
再び石を積み上げ始める…永遠と繰り返される哀しい作業。


sainokawara_13.jpg
海を向く石柱の責任の重さを感じます。





sainokawara_14.jpg
小さな地蔵が手を合わせて祈りを捧げている。





sainokawara_15.jpg
来る日も来る日も何年も祈っています。





sainokawara_16.jpg
洞窟の両脇に鎮座する地蔵群。





sainokawara_17.jpg
不動明王が奉納されています。





sainokawara_18.jpg
岩の陰にも小さな地蔵の集団。





sainokawara_19.jpg
幼子を亡くした親がここを訪れ、子供の魂を想い
石を積んで魂を慰めていくそうです。





sainokawara_20.jpg
洞窟の外に出ました。いたる所に石が積まれています。





sainokawara_21.jpg
子供の魂が救われる日が来るのでしょうか…





sainokawara_22.jpg
壊れてもなお回り続けるかざ車。





sainokawara_23.jpg
そっとこの地を後にします。





sainokawara_24.jpg
二ツ亀は静かに我々を見送ってくれました。

賽の河原(前編)

新潟県佐渡島

【探索日】2006年9月

幼くして亡くなった子供達の魂は、三途の川の畔にある賽の河原に
やってくる。親より先に死に孝行も出来ず悲しませる事は、
仏教上では大きな罪であるため、三途の川を渡らせてもらえない。
そして子供達はここで一生懸命石を天に届けと積み上げる。

やっと石を積み上げた途端、恐ろしい形相の鬼がやって来て、
その石積みを崩す。子供達は泣きながら親の名を呼びつつ、
再び石を積み上げ始める…永遠と繰り返される哀しい作業。



sainokawara_01.jpg
2匹の亀が並んでいるように見える事から名前が付いた
「二ツ亀」の海岸まで岸壁の階段を果てしなく下って行きます。





sainokawara_02.jpg
透明度が高い海を眺めながら海岸沿いの道を歩きます。





sainokawara_03.jpg
岩の間に小さな仏さま。





sainokawara_04.jpg
名勝を示すプレート。





sainokawara_05.jpg
遥か先の岩に洞窟が見えて来ました。





sainokawara_06.jpg
かざ車が風に吹かれて回ってます。





sainokawara_07.jpg
小さな御地蔵様も数が増えました。





sainokawara_08.jpg
奥には御地蔵様が大勢いらっしゃいます。





sainokawara_09.jpg
賽の河原霊場の石柱。





sainokawara_10.jpg
とても神聖な場所…静寂で胸が締めつけられます。





sainokawara_11.jpg
地蔵菩薩様の姿に心が救われました。





sainokawara_12.jpg
供えられた色鮮やかなかざ車。

【後編へ続く】

八百比丘尼入定洞(空印寺)

福井県小浜市

【探索日】2003年9月

人魚の肉を食べ八百歳まで生きたという
八百比丘尼伝説。全国を行脚し、貧しい人々を助け
生まれ故郷に戻り、亡くなった洞穴が若狭にあります。


ama01.jpg
〜案内看板より抜粋〜
八百比丘尼入定(にゅうじょう)の地
八百比丘尼の伝説は、北は東北から南は四国、九州まで
全国に広がる物語ですが、いずれの土地のものも全べて
若狭小浜と深いかかわりをもった伝説として語り継がれています。
若狭で語られている八百比丘尼物語とは、
昔、東勢村(現:小浜市)に高橋長者と呼ばれる人がいて、
ある時、海中の蓬莱の国へ招かれ、お土産に人魚の肉をもらって
きました。長者の娘がそれを食べたところ、八百歳になっても
娘のように若々しく、困った娘は尼になり全国を行脚して、
最後に若狭小浜に帰り、この洞穴に入定(生きたまゝ身を隠し
静かに死をまつこと)したというものです。
この時八百比丘尼は、洞穴の入口に白椿を植えたと
伝えられています。






ama02.jpg
天井までの高さは、子供が立って入れるくらい。
少し屈んで、滑りやすい足元に注意して慎重に…
奥行きは10〜20m位。洞穴内は水音だけが響いています。
八百比丘尼と刻まれた石碑が奥に立っています。
この場所で、死が訪れるまですごしたのでしょう。

新田神社・十寄神社(後編)

レポ提供:ヴラド魔王様

東京都大田区


nita10.jpg
境内の奥には義興公が眠る御塚があります。
その前には力石があります。





nita11.jpg
渾身の力を出せば抜けそうな石ですねぇ。
まぁ、抜く方は居ない様で…御塚の目の前ですから。





nita12.jpg
これが新田義興公が眠る御塚です。直径15メートルの円墳です。
塚に入ると(足を踏み入れると)出れなく成り、
祟りがあるとされてます。別名「迷い塚」「荒塚」とも謂われてます。





nita13.jpg
御塚は柵に囲まれてます。矢口渡しで義興公が乗る船は沈められました。
その船で造った棺で義興公は葬られました。御塚の真中に一本杉が在ります。
義興公が乗った舟と鎧一式を埋めた物が変じた木とされてます…
太い木には見えませんでしたねぇ。
また御塚には竹も生えていまして、此れは源氏の白旗を立てた物が
根づいたもので、旗の形しているらしいです。
雷が鳴るとピチピチと真っ二つに割れると伝えられてます。
因みに江戸幕府を開いた徳川氏は新田氏を祖としてます。

※神社は24時間開いてますが、神聖な場所かつ死者が眠る土地です。
参拝の際には謙虚な心で参拝しましょう。





nita14.jpg
新田神社を後にしまして次は十寄神社に向かいます。
矢口渡しで罠に嵌り憤死した義興公の姿を見て玉砕討死覚悟で
特攻切込みし果てた義興公の配下を祀る神社です。
歩くこと5分位で道の脇にありました。





nita15.jpg
神社の前はなんと駐車場…衝天しました。
社殿の後にある大木は10騎士が埋葬された塚があります。





nita16.jpg
十寄神社の案内板です。
新田義興公の人気は今でも根強く残ってました。
まるで新撰組や赤穂浪士等に見られる人気スポットです。
歴史浪漫が実感できますねぇ。

以上、新田神社と十寄神社レポートでした。

雄島

福井県
【探索日】2004年6月

合同探索:「うさぎっ子恐怖館」


東尋坊に近い場所に浮かぶ周囲2kmの小島。
東尋坊で自殺した死体が流れ着くと噂されています。


OZIMA_01_201407241259188e5.jpg
東尋坊から望む雄島。






OZIMA_02_20140724125920930.jpg
国定公園に指定されています。
昼間は観光客も大勢訪れています。







OZIMA_03_20140724125921afd.jpg
探索は夜になるので赤い橋を渡らず撤収です。







OZIMA_04_20140724125922640.jpg
深夜になりました。
いよいよ赤い橋を渡ります。







OZIMA_05_201407241259241b3.jpg
真っ暗闇のなかで聞こえる波の音が恐怖。







OZIMA_06_20140724125936d7b.jpg
何者かが覗いていても見えません;







OZIMA_07_201407241259373b3.jpg
雄島に到着しました。大湊神社の鳥居が見えてきます。
初代の社殿は織田信長の越前侵攻により焼き払われ、
今建つ本殿・社殿は元和7年(1621年)に造立されたもので、
福井県の文化財に指定されています。







OZIMA_08_201407241259397c6.jpg
自然研究路の立て看板でルートを確認。
反時計回りをすると何かが起こるらしいので
右ルートを選択します。







OZIMA_09_201407241259401f0.jpg
若者連中がたむろしてて、左はヤベーよ!絶対ヤベーよ!!
っと叫んでましたが・・・無視です。。







OZIMA_10_20140724125942649.jpg
落葉が積もって滑りやすい山道。








OZIMA_11_20140724125955c6a.jpg
灯台が見えてきました。
この辺りの海辺には小さな真水の泉が湧き、
瓜割の水とよばれています。
方位磁針の向きがずれる磁石岩もあります。







OZIMA_12_20140724125957001.jpg
あじさいがキレイに咲いています。。







OZIMA_13_20140724125958330.jpg
またまた山道を進んで行きます。







OZIMA_14_2014072412595923d.jpg
赤い鳥居が見えてきました。







OZIMA_15_201407241300015ce.jpg
大湊神社の社殿です。







OZIMA_16_20140724130014c8b.jpg
階段上部に到着。無事に一周出来ました。
階段下には先程の若者連中がまだたむろってます。
あいつらぜって〜一周してねーよ!!って言ってますが…完全無視!







OZIMA_17_20140724130016668.jpg
最初の鳥居をくぐって帰ります。







OZIMA_18_201407241300172b3.jpg
呼ばれた様な感じがしたので橋の下を写してみます。
岩が顔に見えるのは気のせいです・・・







OZIMA_19_20140724130018378.jpg
駐車場の明りが見えてきました。
やっとホッと出来ました。。

東尋坊

福井県
【探索日】2004年6月

合同探索:「うさぎっ子恐怖館」

高さ約25メートルの岩壁が続く国の天然記念物であり
名勝に指定されています。
破戒僧の名前が由来と言われています。
本やテレビで紹介され、自殺の名所としてのもう一つの顔が。

TOZINBOU_01.jpg
昼間に到着して下見。観光客で賑わっています。
通り沿いの土産物屋も活気があります。






TOZINBOU_02.jpg
崖下には観光船。お客がぞくぞくと乗込んでます。






TOZINBOU_03.jpg
沖合には観光船がいっぱい。







TOZINBOU_04.jpg
松並木もキレイです。






TOZINBOU_05.jpg
岩場に目を戻して観察です。
観光客が岩の上で語り合ってます;






TOZINBOU_06.jpg
下を覗いてみようかな。







TOZINBOU_07.jpg
後ろに人が居ないのを確認して…
ひゃー引き込まれる〜
胆を冷やして昼間の下見は終了です。







TOZINBOU_08.jpg
いろいろ回って東尋坊に戻ってきたのは明け方。
誰も居ない通りを抜けて目的地へ







TOZINBOU_09.jpg
昼間気がつかなかったタヌキの石像。。







TOZINBOU_10.jpg
階段を下りていよいよ真っ暗な崖に着きました。







TOZINBOU_11.jpg
空が明るくなり始めてます;







TOZINBOU_12.jpg
暗い崖下も覗いてみます・・・







TOZINBOU_13.jpg
名勝東尋坊の石碑です。







TOZINBOU_14.jpg
こちらは天然記念物の石碑。







TOZINBOU_15.jpg
このお地蔵様は・・・







TOZINBOU_16.jpg
東尋坊に設置されている救いの電話ボックス。
テレホンカードや10円硬貨を常備し、「救いの電話」を設置して、
自殺を思いとどまる努力がされています。







TOZINBOU_17.jpg
自殺を止めるよう看板も建てられています。







TOZINBOU_18.jpg
すっかり明るくなり帰ります。
駐車場に東尋坊タワーがそびえていました。

おへそ山の伝説

静岡県掛川市

【探索日】2013年5月

掛川市に安養寺運動公園。
公園内には「おへそ山」と呼ばれる場所があり
「かみなりさまのおへそ」があります。


Thunder_02.jpg
「おへそ山の伝説」
今から約300年前、遠江国の薗ヶ谷村(安養寺運動公園付近)に
印徳寺というお寺がありました。
ある日、近くの大きな杉の木に雷が落ち、和尚さまが様子を見に行くと、
杉の木の根元に大怪我をしたかみなりさま『雷獣』をみつけました。
和尚さまは手厚く手当てをしてあげ、数日後元気になった『雷獣』は
自分のおへそを取り、「日照りで困ったら、おへそを拝むと雨が降ります。」
と告げて天に還って行きました。
それから数年後、照りの年に、和尚さんが村人と一緒におへそをお供えし
雨乞いの御祈祷をすると、雨を降らすことができたそうです。
〜静岡新聞社「おばけまだまだ」より〜








Thunder_01.jpg
安養寺運動公園には、多目的グラウンド、テニスコート、
屋外プール(夏)、アスレチック遊具、トイレが整備され
多くの人たちが運動をしています。








Thunder_03.jpg
こちらがおへそ山のおへそのオブジェ。
本物は現在大切に保管されています。







Thunder_04.jpg
この場所は和尚さんと村人が雨乞いの御祈祷をした場所です。

近年でも干ばつのおりの昭和23年に
雨乞いの儀式が行われたそうです。

仙厳の滝

浜松市都田周辺

【探索日】2004年3月

第ニ東名建設現場のすぐ近くに流れている
都田川の支流。通り掛かりに観光スポットの
滝があったので散策してみました。


sengan01.jpg
駐車場に車を停めて遊歩道を歩いて行きます。
途中に掛かる橋…




sengan02.jpg
橋のすぐ下にあった滝つぼ?
大きな音がしてますのでさらに上流へ。




sengan03.jpg
休憩場の奥へ進むと…




sengan04.jpg
仙厳の滝です。
滝の落差:約7メートル、滝つぼの深さ:約3メートル




sengan05.jpg
滝つぼには昔話があるそうです。

〜〜〜〜〜〜〜仙厳の滝の昔話〜〜〜〜〜〜〜
今は昔、都田村に牛や馬の売り買いを商売としている
一人の博労(ばくろう)が住んでいました。
ある年の秋も深い夕暮れ時のことです。一頭の牛をひいた
博労は、山道のもみじの、あまりにも美しい景色に
見とれながら、鼻歌まじりで、牛の綱をひいていました。
やがて仙厳(せんがん)の滝のかたわらにさしかかりました。
と、その時何かに驚いたのか、牛が手綱を引きちぎって
滝つぼの中へ身を踊らせてしまいました。
あまりにも突然の出来事に、博労は大声で助けを呼びました。
しかし、人通りがない山道でなす術なく、牛を見殺しに
してしまいました。それから、この滝つぼを牛が落ちて死んだ
ということで「牛渕」と呼ぶようになったということです。




sengan06.jpg
マイナスイオンをたっぷり浴びて
遊歩道を戻ります。。




sengan07.jpg
橋の上から…
小さめな渓谷に感動しました。

気多大社

石川県羽咋市
【探索日】2011年5月
創建2100年の歴史を綴る能登一の宮。
近年は縁結びの神社としても人気です。
拝殿裏には一万坪の原生林「入らずの森」があり、
多くの「氣」が集まる神域とされています。


KETA_01.jpg
朝早く到着。まだ誰もいらっしゃらないのでゆっくり撮影させていただくことに。






KETA_02.jpg
立派な鳥居をくぐり境内へ入らせていただきます。






KETA_03.jpg
御祀神は大国主神(オオクニヌシノカミ)






KETA_04.jpg
清々しい空気の境内。






KETA_05.jpg
樹齢約千年の﨓の木(たぶのき)






KETA_06.jpg
境内の見取り図です。
入らずの森の敷地が広大なのがわかります。






KETA_07.jpg
本殿前の歴史ある山門。






KETA_08.jpg
こちらが本殿。






KETA_09.jpg
本殿右横に進むと縁結びの道。
さらに奥には・・・






KETA_10.jpg
多くの「氣」が集まるといわれる神域の「入らずの森」への入口。






KETA_11.jpg
気をいっぱいに頂き帰ることにします。
参道横に「幸運のだいこく様」の案内板が・・・
お参りさせていただきます。。






KETA_12.jpg
微笑みの素晴しい大黒様がいらっしゃいました。

モーゼパーク

石川県押水町
【探索日】2006年8月

 〜案内看板より抜粋〜
押水町には古くからモーゼ伝説があります。
不思議なことに、大賢人モーゼは当地で「十戒」を
授かりました。モーゼは数十万人のユダヤの民を
指導した後、再び当地へ戻りここに眠っていると伝えられています。
このモーゼの墓は「三ッ子塚」と呼ばれており、
たくさんの方々が訪れています。


moses_01.jpg
石川県の押水町にモーゼが埋葬されているお墓が
あると観光パンフに載っていたので訪れました。
宝達山の裾のに「伝説の森モーゼパーク」の看板。




moses_02.jpg
お墓まではここから歩いて山登りです。。




moses_03.jpg
神殿風の石柱が立つ憩いの広場。




moses_04.jpg
…散策路からは外れないようにします;




moses_05.jpg
途中にモーゼの墓記帳所がありました。
が、、、蚊の猛攻が凄まじい><;
ゆっくり記帳ができません。


〜案内看板より抜粋〜
何故モーゼの墓と云われるのか?
古史古伝の代表作「竹内文献」のなかにモーゼは押水へ
やって来ていると記されている。
モーゼは「十戒」を刻んだメノウの石(十戒石)を持って
日本を訪れ、当時の天皇にそれを献上した。
大変感激した天皇は、第一皇女の大室姫(おおむろひめ)を
妻としてモーゼに嫁がせた。
やがてモーゼと大室姫は、新たな使命を帯びて離日した。
大業を遂げた二人は再びここへ戻り、押水で永眠した。
この墓は「三ッ子塚」と呼ばれ、中央の大きな塚に
モーゼが葬られ、右側の塚には大室姫、左側の塚には
が葬られていると伝わります。




moses_06.jpg
蚊に追い立てられるかのように山道を進みます。





moses_07.jpg
ミステリーヤードで墓が見渡せるハズでしたが…
久し振りの獲物を狙ってのやぶ蚊の総攻撃。
出血多量になる前にお墓に!!先を急ぎます。




moses_08.jpg
広場にモーゼの写真入りプロフィール石碑がありました。
モーゼは583歳もの長寿だったそうです。





moses_09.jpg
やっと頂上に着きました。
そこには花が添えられたお墓が…





moses_10.jpg
かなり年期が入ってしまい判読出来ませんが、
「神人モーセロミユラス魂塚」と書かれています。
ヘブライ語でモーゼのことだそうです。





moses_11.jpg
その後ろにはハッピーポールまでも…
墓に一礼して退散。痒かったけど古代ロマンを
ちょっぴり堪能させていただきました。
NEXT≫
プロフィール

屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
「NeoNATS」へようこそ!
‘過去’に探索・サイト公開した物件を公開してます。
5月から月2回の不定期更新になります。
よろしくお願いします(*´∇`)ノ

FC2カウンター
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
FC2掲示板
QRコード
QR