ニ式大型飛行艇12型

東京都 船の科学館
【探索日】2003年7月

ニ式大型飛行艇は、当時世界一の
高性能を誇った大型飛行艇です!!


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雨の中、静かに羽根を休めるニ式大型飛行艇。
空飛ぶ戦艦の名に相応しい姿です。
〜説明看板より〜
ニ式大型飛行艇は、昭和15年(1940年)に初飛行した
当時世界一の高性能を誇った大型飛行艇です。
昭和17年(1942年)に旧日本海軍に正式採用され、
偵察、哨戒、輸送など多方面に活躍しました。
終戦後、ニ式大型飛行艇に注目した米国は本国に運び、各種の調査を行って
その高性能に驚嘆したといわれています。しかし、米国内に保管されてから
約30年を経過した昭和53年(1978年)、世界で唯一残された本機は
適切な引き取り手がなければ破棄されることとなり、これを知った当館の
初代館長が資金援助と受入を表明、米国議会の返還承認の後、昭和54年
(1979年)日本に里帰りをしました。
当館では、次代を担う青少年に本機の雄大な構想と、卓越した技術力を
知っていただくために、当時の姿を復元し、保存展示をしております。





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前部動力銃座から操縦席付近。





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通称「かつおぶし」と言われた波押さえ部分。





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翼端フロート部分。





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左側方銃座用窓。そして側面に描かれた日の丸。





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尾部動力銃座。





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雨宿りしながらさらに一時間、
この勇姿にみとれていました。





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別れを惜しみながら最後に駅の窓から…

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戦艦“陸奥”主砲

東京都 船の科学館
【探索日】2003年7月


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〜案内看板より〜
戦艦“陸奥”は、世界初の16インチ(40センチ)砲搭載戦艦
“長門”の2番艦として大正10年(1924年)に竣工しました。
その後、大改装が施され、攻撃力・防御力ともに
強化されましたが、昭和18年(1943年)に
瀬戸内海の柱島付近に停泊中、突然3番砲塔付近で
大爆発が起こり沈没、生涯を閉じました。
展示されている主砲は、正式名称を45口径三年式40センチ砲二型
(正確には41センチあった)といい、昭和45年(1970年)に
実行された“陸奥”引き上げ時に収容されたもので、
最後部の4番砲塔に据えられたものです。

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戦艦“大和”模型



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〜案内看板より〜
史上最大の戦艦として歴史に名をとどめるのが、
旧日本海軍が建造した“大和”です。
大艦巨砲主義を象徴する不沈艦として極秘に建造されました。
第二次世界対戦におけるマリアナ沖海戦、比島沖海戦などに
出動した後、昭和20年(1945年)九州南方洋上で、
アメリカ空母の艦載機の攻撃を受けて沈没しました。





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この戦艦“大和”模型(縮尺1/20)は、
東宝映画「連合艦隊」において使用されたものです。





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後方カタパルトも忠実に再現されています。





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昭和16年10月30日 宿毛(すくも)沖の速力測定用の標柱間で
公試運転中の“大和”/資料:呉市企画部海事博物館推進室


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工作船の武装

東京都 船の科学館

【探索日】2003年7月

会場を別に移して、回収された武器が展示されていました。


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展示の最初に国籍を判断した例のバッチ…





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乗員が所持していた物品。
缶詰・腕時計は日本製。





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救命浮き輪にも日本語が使われている。





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船体に文字を付けるための型。





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連絡を取り合ったであろう日本製の無線機。





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ハングル辞書に、手帳。
海岸線の詳しく載った海図。





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日本製のポケットコンピューターに携帯電話、年代物の双眼鏡。





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そして武器のブースへ





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まずは鉄かぶと…





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手前がロケットランチャー、後ろが携帯型地対空ミサイル。





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82mm無反動砲。





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旧式の手榴弾、ただし爆発すると破片が飛び散る
対人用の武器。





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14.5mm弾の実包。





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武装全てが展示されているブース。





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最後に5.45mm自動小銃。





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日本本土上陸用に積まれていたであろう、日本製のゴムボート。





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防水スーツに潜水道具。
水中スクーターも装備されていた。





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展示の最後に乗員が着ていた洋服がありました。
ここだけは見学をする人がいない、
重い空気が漂っていました…御冥福を祈ります。

工作船

東京都 船の科学館

【探索日】2003年7月

2001年(平成13年)12月22日。
九州南西海域において不審船を発見。巡視船・航空機に
よる追尾が始った。度重なる停船命令を無視し、威嚇射撃をしたが逃走。
さらに自動小銃・ロケットランチャーによる
攻撃を行ったため交戦が始り、その後自爆と思われる爆発を起こし
沈没した。水深90mの海底から引き上げられ、調査の結果
北朝鮮の工作船と判明した。
同船は東京船の科学館で2004年2月15日まで公開。



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約2時間順番待ちをして工作船の前に辿り着きました。
映像で見るより遥かに大きいです。
船尾の特徴的な観音開きの小型舟艇収納庫。




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巡視船による威嚇射撃の銃弾痕。





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工作船に装備されていた2連装機銃。





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収納されていた小型舟艇。





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船首にも銃弾痕が見られます。





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船体反対側には甲板が見られるようになっていました。





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こちら側にも威嚇射撃弾痕があります。





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船首の甲板部分、砲を固定する台が着いています。





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操舵部分、屋根は沈没時に外れた様です。





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自爆による爆発のため内側から膨れ上がった甲板。





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機関室部分も爆発の痕があります。





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操舵部分を後ろから撮影。





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この船の概要が表示されていました。
全長約30m、幅約5m、三枚羽根のプロペラを持つ
四基のエンジンを装備。総トン数は44トンで、
普通の漁船の約10倍の速力33ノット(時速約61km)の
高速で航行できた。船名は「長漁3705」





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14.5mm対空機関銃を出し入れするレール部。





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船体を一周して、船尾の格納庫へ戻って来ました。





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船体の前には、国の命令で海に散った
朝鮮民主主義人民共和国の10名の若者に捧げる
花が供えられていました。
合掌をし、冥福を心より祈り工作船見学を終了しました。

C-11 292号

東京都港区新橋駅前
【探索日】2003年7月


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〜案内看板より〜
このC11 292号は昭和20年2月11日、
日本車輛株式会社で誕生しました。
3年間余りの戦争で物資もなくなりつつあった時の誕生で、
蒸気溜、砂溜が角張っている。いわゆる戦時型ですが、
誕生後すぐ山陽本線の姫路機関区に
配属となり、中国地方のローカル線、
播担線や姫新線など走りまわって
いました。走行距離は108万3975kmで、
最初から最後まで一つの機関区にいた
のは珍しいことです。今回鉄道100年を記念して、
国鉄の協力を頂き、ここに設置しました。
昭和47年10月14日 鉄道100年記念 港区





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東京にお住まいの方の大半はご存じだろうが…
初めてみた時は感動!思わず撮影してしまいました。。
正面からです。今にも動きだしそうな状態♪





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美しい重厚感…国の宝として
末永く残してもらいたいものです。


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武○神社

群馬県
【探索日】2003年12月

案内人:「異界への招待状」やっくん様

以前、その存在が噂されていた廃神社です。

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国道から山へ登る道を進むと、
神社が現れます。ここが噂の廃神社だそうです。





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敷地内に倒れている石標。
この状況から廃と認識出来ます。






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社殿を取り囲む要塞のような壁…





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敷地を半周して石段を登ります。





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鉄の扉に閉ざされた神社。金のあたりが
絢爛豪華さをかもし出しています。
普通の神社よりかなり派手な様な感じ…





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社殿側面から。特に荒らされている様子もなく。
ただ空気が重いとの感じもしなかったので、
神様は他に遷されているのだろうか?





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山道の横に気になるもの発見!
祠とのぼり…





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石碑を読むと、山の神様をこちらに移転したと
彫られている。ダムに沈んだ村から
移転してきたのだろうか?

大房岬

千葉県富浦町
【探索日】2002年3月

房総半島にある、日本軍の要塞が今も残る場所。


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南房総国定公園大房岬の案内板です。
先輩からここの話しを聞いていたので、
早速訪れてみました。





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海岸園地にて。この日は風が強く飛ばされそう…





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遊歩道を歩いて行くと「要塞跡地発電所施設」がありました。
危険の為入口コンクリートで封印しました!
と書かれています。木々に陽が遮られているため薄暗いです。





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森の中を進むと、湧水池の脇に壕の入口?この湧水池は、
夏の渇水期でも水が絶える事がなく、
周囲の地層内を通って湧き上がってくるそうです。





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ビジターセンター横の建物。良く見ると要塞の一部…





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駐車場になっているが、ここも要塞施設跡。





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道を間違え第2キャンプ場へ(汗)





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要塞への入口。

【要塞跡地(探照灯格納庫)】
昭和3年、帝国陸軍は東京湾防衛のため、大房岬を買収し
要塞化する工事に着手しました。現在も残る最大の施設は、
探照灯格納庫で、備えられた探照灯は当時としては高度な
性能であったと言われています。環境庁・千葉県





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下へ降りる階段。





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先程撮影した足元にも建物がありました。





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コンクリート造りで頑丈そう。
探照灯施設の一部だと思われますが、
何に使われていたのか…中は結構広いです。
壁には配線の痕が残っています。





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それでは格納庫へ!硬い岩盤をくり抜いて造られています。





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長い下り坂。奥に見えるのは台座?





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格納庫の突き当り。





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天井は吹き抜け。中央に見えるのは、
当時使用されていたフックと思われます。





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格納庫を出て、ぐるっと一周すると、
コンクリートで封印された出入り口が…





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第1キャンプ場の脇を抜けて、
第2展望台で一時休憩〜次は洞窟へ向かいます!





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階段の途中から島が見えてきます。
「増間島」
案内板より…
昔、房州増間村(今の三芳村増間)に
大雨が降り、水神様を祭った川の中の島が
流れてしまったそうです。村人たちは探しに出て、
そっくりな島を大房岬で発見しました。
引いて帰ろうとしましたが、動かなかったので
「増間島」と名付けて帰ったそうです。





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急な階段。もし足を滑らせたら…(冷汗)





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ここが「弁財天の洞窟」です。
案内板より…
伝説によると「約1300年前、人々を苦しめていた
海賊が役の行者に捕らえられて、この洞窟に閉じ込められ
慈覚大師に助けられて、金の竜となって天に昇り、
その抜け出した跡がこの洞窟である。」と記されています。
奥が深く、どのくらいの深さか確かめられていません。
館山市の「那古弁天」まで続いているとか
さまざまな昔話が伝えられています。
…地図で見ると「那古弁天」まで約5kmかな?
ライトを持ってこなかったので降りませんでした。





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一生懸命階段を戻りビジターセンターを経由し
運動園地へ…丸い花壇の様な物が。

「砲台跡地」です。
案内板より…
昭和11年、ワシントン軍縮会議の結果、不要となった艦砲2門の
砲塔が2基備えられ、対岸の剣崎に備えられた砲台と一体となり、
東京湾の防衛にあたった。が、時はすでに航空機の時代となっていて
実戦には参加する機会もなく終戦を迎えました。





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近くにある壕の入口。湿った空気が中から吹いてきます。





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通路に部屋が2つ。弾薬庫跡かな…





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部屋を覗いてみました。案外小さな部屋で、
床には雨水が溜っています。





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出口付近でもう一度通路を撮影。





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展望台に到着。鉄筋コンクリート造り、
高さ15m。まわりの風景を見たり動植物、
野鳥の観察にご利用下さい。
と、書いてありましたが…
今日登ったら風で吹き飛ばされるでしょう〜





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探索を終えてホテル前より海を望む。
房総の魅力500選に選ばれている絶景です。
約2時間30分の快適な探索コース。
しかし夜の肝試しは危険を伴うのでやめた方がよい。
恐怖体験者からの忠告でした。
プロフィール

屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
「NeoNATS」へようこそ!
‘過去’に探索・サイト公開した物件を公開してます。
5月から月2回の不定期更新になります。
よろしくお願いします(*´∇`)ノ

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