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小滝鉄索隧道

栃木県足尾町
【探索日】2003年12月

案内人:「異界への招待状」やっくん様

〜やっくん様提供資料より抜粋〜
明治35年(1902年)に小滝選鉱場と銀山平との間に架設した
第10鉄索の一部である。第10鉄索は、昭和29年(1954年)の
小滝坑廃坑後には撤収され、隧道だけが残された。

旧小滝火薬庫跡の観察を終了し、車に戻ると遠くの方から、
やっくん様が…まるで羽がはえたように小躍りして走って来られました(笑)
山から降りて来られた猟友会の方から、この上に隧道があり中には
お地蔵様が祀られていると…
早速準備をして山の上に微かに見える隧道を目指す事に…
この後、恐怖が訪れるとは知らずに;


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急な斜面を休み休み登り、やっと隧道口に到着。
雰囲気は坑道なんですが…嫌な感じがしてきます。




tetusaku02.jpg
こちらが登ってきた斜面…未公開の隧道を見て
みたいという執念だけで登りきりました(滝汗)




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隧道口の前でしばらく感動に浸りながら休憩。
すぐ手前にお地蔵様の様なモノがありますが…




tetusaku04.jpg
撮影しながら隧道の中へゆっくりと進み始めます。
約90mの上り勾配の隧道で、壁は削られたままの状態です。
ここでやっくん様が立ち止って一言「あっっ!ダメだ…居る」
背筋がゾッとなる言葉でした…猟友会の人も気持ちが悪くて
中には入れないと、、確か言葉の最後に言っていた様な;




tetusaku05.jpg
なぜか私は壁に垂れ下がる氷柱を写しています。




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こちらがお地蔵様に見えたモノの正体。支柱の台座でした。
資料では約2尺角のコンクリート製で、真中に支柱を据える
ためのくぼみがありとあります。木のクイも残されていました。




tetusaku07.jpg
ゆっくりと前方の相手の様子を伺いながら進みます。
登り勾配の為、前方と下を交互に見ながら…
前方を向いたやっくん様からさらに一言「あっ…
目があっちゃった…」膝に手を置き前屈みの状態で
首だけこちらを向いているとの事…さらに…
「…二人も居る…進む?」私は声もでません。
並んで歩く位置を微妙に変えて先に進みます。
二人は出口付近に待ち構えているとか…




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ナイトショットで撮った写真…プロが見るとフレアだそうですが、
素人の私が見ると…ヘルメットかぶった作業員の頭;




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いよいよ出口です。まだ二人は座っているが、
敵意は感じられないとの事だったので進みます。
息は上がっていますが、逃げれるだけの体力は残しています。




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それでも隧道内の様子を撮っておかないと…
荒々しい壁を写します。…頭の中ではちょっと
お邪魔しますね、、としか考えていません。。




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すぐ目前まで歩いてきました。
前方の斜面になっている所で我々に視線を送っている二人。
私には見えませんが、空気がだんだんと変ってくのは感じます。




tetusaku12.jpg
霊感がない私には、なにも写りませんね…




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出口に近付くとクイが風化しています。




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右を見ないように斜面を足早に登ります。




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出口に到着。後ろを振り向き先程通った場所を撮影。




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さらに正面にはもう一つの隧道が口を開いています。
約50mの平坦な第ニ隧道だそうです。





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足元と隧道の間には雪が積り、かなり危険な
状態ですが、無理をすれば渡れそう…
雪には鹿と思われる足跡も点々と残されています。





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二人で渡る場所はないかと探していると、
「左の斜面は絶対に見ないで…もう一人居る…」
やっくん様の重い言葉…その前に写してしまいました;




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無理に渡れば何が起るかわからない状態なので、
潔く第一隧道を引き返します。




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後ろ振り向いて撮りましたが…空気が変りました。
無言でやっくん様は、私の後ろに回り盾になる形で
侵入口に急ぎます。この時察しました…ついてくると。




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急ぐ先々で後ろを振り向きシャッターを押しましたが、
事態は緊迫していました…
到着した頃には嫌な空気が全身をつつみます。




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隧道を出てもう一度奥を撮影して
転がるように山を降りました。

後でお聞きした話ですが、後ろに回ったやっくん様に
着いてきた一人の霊が入り込んでしまったそうです。
車に乗り込む時に変な咳をされていましたので、
もしやと思っていましたが…ちなみに、入り込んだ
霊は肺を患い亡くなった鉱山労働者だったとか。
病院に連れて行け!としきりに訴えていたそうです。
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鹿島神宮

茨城県鹿嶋市

【探索日】2003年12月

鹿島神宮は皇紀元年(紀元前660年)の創建と云われ、
東国三社の一つに数えられています。
祭神は武道の神様とされる武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)
敷地内には鹿島七不思議があるそうなので訪れることにしました。



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明け方まで行なわれた、徹夜ライブ参戦後
電車と高速バスを乗り継いで茨城入り。
早朝だったので、まだ参拝の人はまばらです。





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大きな鳥居をぬけ、まず最初に桜門が見えてきます。
〜案内看板より〜
重要文化財「桜門」
寛永十一年(1634年)水戸初代藩主徳川頼房公の奉納。
頼房公は水戸黄門光國公の父君。
約400年前の重厚な造りです。





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桜門をくぐってすぐ本殿が建っています。
元和五年(1619年)徳川ニ代将軍秀忠公奉納(重要文化財)
ちょうど初詣の準備が行なわれていました。
御祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)
神代の昔、天照大御神の命により国家統一の大業を果され、
建国功労の神として奉られています。
武道の祖神・決断力の神と仰がれ、関東の開拓により
農漁業・商工殖産、古例により縁結び安産の神様でもあるようです。
更に「鹿島立ち」の言葉が示すように交通安全・旅行安泰の御神徳が
古代から受け継がれているそうです。





kashima04.jpg
本殿の前に古い建物が建っています。
鹿島神宮仮殿、元和四年(1618年)建立 重要文化財。
本殿を修理する時など一時的に神様をお遷しする
社殿だそうです。





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本殿で参拝を済ませ、参道をさらに進んでいくと
小さな社が建っています。
〜案内看板より〜
末社「熱田社」(あつたのやしろ)
祭神:スサノオノミコト・イナダヒメノミコト
古くは七夕社(或は田畑社)として
農業守護の社です。





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さらに進むと、今度は大きな社が建っています。
〜案内看板より〜
祭神:武甕槌大神荒魂
慶長十年(1605年)に徳川家康公により本宮の
社殿として奉建されたが元和五年(1619年)に
二代将軍秀忠公によって現在の本宮社殿が奉建
されるに当り、現在地に引移して奥宮社殿となった。
重要文化財





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参道をさらに進むと、大きな彫刻が…
御船祭記念に奉納されたそうです。
武甕槌大神が大ナマズを押さえ付けています。





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境内の一番奥に小さな社。
ここが七不思議の一つ「要石」が奉られている場所です。
要石:その根底ふかくて図り知れずという

〜案内看板より〜
神世の昔、香島の大神が座とされた
万葉集にいう石の御座とも、或は古代における大神奉斎の
座位として磐座(いわくら)とも云われる霊石である。
この石、地を掘るに従って大きさを加え、
その極まる所しらずという。
水戸黄門仁徳録に、七日七夜掘っても掘っても堀切れずと
書かれ、地震押えの伝説と相俟って著名である。
信仰上からは、伊勢の神宮の本殿床下の心の
御柱的存在である。





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木の囲いの内にぽつんと石が見えます。
これが「要石」です。大ナマズを押さえていると
云われています。





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アップにしてみると…10円玉が!?





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一旦参道を戻り、今度は池を目指します。
長い階段を下っていくと池がありました。

御手洗:池の深さ大人、小人によらず
乳を過ぎずという


〜案内看板より〜
「御手洗」(みたらし)
古来、神職並びに参拝者の潔斎の池である。
池の水は清く美しく澄み、四時滾々と流れ出てどのような
旱魃にも絶えることのない霊泉で、神代の昔御祭神が
天曲弓で掘られたとも、宮造りの折一夜にして湧出したとも云われ、
大人子供によらず水位が乳を越えないという伝説により、
七不思議の一つに数えられている。
大昔は当神宮の参道がこの御手洗を起点として、
この池で身を清めてから参拝するので御手洗の名が今に残るのである。





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池の中をのぞくと大きな鯉が泳ぎ回っています。
…鯉ヘルペスに負けるな〜





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入って深さを体感したかったのですが…
寒いので断念(鳥肌)





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鳥居の反対側から。





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岩肌から水が沸き出している所です。
山水なので沸騰してからとの注意書きの看板も。
滾々と水が沸き出しています。





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さて残りの不思議はどこだろな?と土産物屋の方に訪ねると…

根上がりの松:すべて御山の内の松、幾度伐れども
伐り跡に芽出て枯れることなし


松の箸:鹿島の松で作る箸は松脂の出た
ことなしという

数年前の松喰い虫の被害により全滅との事(涙)

末無川:川の水、流れ行くほど
追々かれて行末しらず

この場所より海側に数キロ移動しないと行けない(汗)

藤の花:御山の藤の花の多少により
その年の豊凶を予知すること

本殿横に生えていたが…日照不足で枯れたようです(泣)

海の音:浪の響が上(北)の方に聞えれば日和
下(南)に響けば雨降るという

今日は浪の音はしないね〜以上…

とぼとぼと先程来た参道を戻ります。せめて藤の木の名残でも…





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御祭神の神使として飼育されている鹿園で
鹿と戯れていると、雄鹿がアトラクション(?)を
始めてくれました。。迫力満天!
天照大御神の命を武甕槌大神に伝えた神が
天迦久神(あめのかぐのかみ)で鹿の神霊とされている
ことから、鹿島神宮のお使いは鹿となったそうです。
ちなみに昔、香島と書かれていましたが、
養老七年(723年)頃から鹿島と書くようになったとか。
鹿の御縁によるものだそうです。。





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本殿横を入って藤の木を探しましたが…あったのは
奉納されたイカリ?さすが漁業の神でもあらせられます。





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長い間、海水の中にあったのでしょうか?
牡蠣が付いていました。





kashima20.jpg
最後に神棚・お神札のまつり方の看板を拝見して
鹿島神宮を後にしました。
東国三社に数えられているだけあり、歴史と神話を
堪能させていただきました。ここの御利益は
地元のJリーグのチームを見れば一目瞭然でしょ。。

沢入トンネル

群馬県勢多郡東村
【探索日】2003年12月

案内人:「異界への招待状」やっくん様

ある心霊ビデオで紹介されていた草木湖の湖畔を
走る国道122号線にあるトンネル。



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昨夜遅くに帰宅して、本日も早朝からやっくん様の
運転で目的地を目指します。…心から感謝。
最初に向かったのが草木湖湖畔にあるこのトンネル。





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車通りが激しく、合間を縫って正面から…





souri03.jpg
プレート、竣工日が彫られていませんでした。
感じからすると、そんなに古いトンネルではないと思う。





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それでは中に入ってみます。





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車線を横切って反対側からも。





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さらにはセンターラインの上から…
危ないのでマネはしないで下さい。





souri07.jpg
あまり時間がなかったので、車からの撮影に切り替えて。。
濡れた路面の反射が何とも言えない無気味さが…





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中央付近から出口(栃木県側)付近が特に濡れている。
雪の影響なのか、地下水が断続的にしみ出しているようです。





souri09.jpg
先ほどの入口横にあった旧道。
やっくん様が熱心に撮影しておられました。






souri10.jpg
帰りに撮影した栃木県側のトンネル口。
…光は逆光によるフレアです。。






souri11.jpg
こちらのプレートにも竣工日はありませんでした。
山陰のためなのか、群馬県側よりもコケが密集していて
古く見えてしまいます。





souri12.jpg
取り敢えずトンネルの中を撮影。
入ってすぐ左カーブになっているので
スピードを出して突入すると大変危険です。





souri13.jpg
トンネル口に立っていた栃木県の県境を示す標識。

廃道路

埼玉県大滝村
【探索日】2003年12月

案内人:「異界への招待状」やっくん様

日窒鉱山へ向かう道すがら新トンネルの手前に旧道と
トンネルを目撃。Uターンしていただき
見学する事にしました。



haidouro01.jpg
川沿いの県道に旧道と化した道。
多分山桜と思われる木…
春には美しい花が咲く事でしょう。





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通行中一瞬見えたトンネル…補修が施されています。





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名前がありません…
元は岩をくり抜いただけの隧道だったのか。





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トンネル内は鉄板で補強。





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トンネルを抜けると道はまだきれいに残っています。
車でまだ走れるのでは?





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カーブをまがるとそこには…
土砂崩れで道が塞がれていました。。





haidouro07.jpg
最後に川が綺麗だったので撮影しました。
川底まで透き通る透明度。

トンネルが補修されていたので
多分今後も使われるのでしょう。
新トンネルの裏には旧道が残っている場合があります。
時間に余裕のある時は覗いてみてもよいでしょう…
このようなトンネルが見つかる事も。

笠間城跡〈後編〉

茨城県笠間市
【探索日】2003年12月29日

標高182mの佐白山。
地元では「お城山」とも呼ばれている。
今から七百数年の鎌倉時代、初代の領主笠間時朝によって
十六年の歳月を費やして築かれた山城があり、
明治の始めまで約六百年間、地方政治の中心であった。


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一段高くなっている所に移動しました。
史跡 笠間城八幡台櫓跡を示す石碑。





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八幡台櫓跡より笠間市内が一望できます。





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笠間城の説明看板。。





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石段が続いています。
ここまで来たら登らなければいけないでしょ…





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石段…続いています(汗;)





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城壁が見えてきました。





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角をちょいと曲がったら…また階段…





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天守閣のあった場所に建てられた
佐志能神社に到着です(滝汗)
豊城入彦命など三柱が祀られています。





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社前には岩が四角にくり抜かれていました。





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裏に道が続いていたのでそちらへ向かいます。
瓦で塀が造られています。





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道がこちらの方に続いているのですが…降りろと?





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鎖を伝いながらヨタヨタと足元も確かめながら…





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こんな斜面まで…まだ先に続いている様です。。





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巨石群に囲まれて休憩所があります。
休むと立ち上がれなくなりそうなので素通り…





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岩の向こうには素晴らしい景色が広がっています。





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自然の力なのか?城で使われて
加工された岩なのか?





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後ろを振り向くと落石注意の看板…なんで後ろ向き?





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平たんな場所に出たと思ったら今度は登り…





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さらに看板…私、逆周りに岩倉を歩いていたのね(汗)
岩場の下りは危険なので順路通り進んで下さい。





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見晴らし台まで戻り、帰路につきます。





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落ち葉が左右に別れているのは
車が走っているのでしょうか?





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千人溜り駐車場に戻り、来る時に目にした
岩を見学に坂を下ります。
大黒石
〜説明看板より〜
鎌倉時代の初め、佐白山の僧兵と、七会の徳蔵寺の僧兵が
その勢力を争って戦った。佐白山の僧兵は戦いに敗れて
佐白山頂近くまで逃げのび、山上にあった大黒石を
ころがした。徳蔵寺の僧兵は、ころげ落ちる大黒石の
下敷きになり多くの死者が出たため、佐白山の僧兵は、
あやうく難をのがれることができた。大黒石は、そのとき
ここまでころげ落ちてとまったといわれています。
この大黒石の中ほどに小穴があり大黒のおへそといわれ、
このへそに小石を三度つづけて投げ、そのうち一つでも
入れば、幸せがあると伝えられています。
環境庁・茨城県観光物産課





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大黒のおへそのドアップ…
試しに投げてみましたが、一つも入りませんでした。
幸せはそう簡単には手に入らないという事です…

これで佐白山の探索を終了。
千人溜り駐車場に再度戻り、先程乗ってきた
タクシーを呼び駅に帰りました。
昼間の探索だったので特に霊的なものは
感じませんでした(安堵)
ただ帰る途中の車内で運転手さんが
妙に心配されていましたが…

笠間城跡〈前編〉

茨城県笠間市
【探索日】2003年12月29日

標高182mの佐白山。
地元では「お城山」とも呼ばれている。
今から七百数年の鎌倉時代、初代の領主笠間時朝によって
十六年の歳月を費やして築かれた山城があり、
明治の始めまで約六百年間、地方政治の中心であった。


ローカル線に揺られながら到着したのが笠間駅。
駅前でタクシーに乗り笠間城公園へ向かいます。
運転手さんに帰りの時間を気にされたりしながら到着。



kasama_01.jpg
駐車場の石碑に史跡千人溜り跡と刻まれています。
〜石碑説明〜
この広場はいざ出陣というとき武士が集結した所で、
古園には駒場丸といい俗にこの称がある。





kasama_02.jpg
千人溜り駐車場。
数日前に降った雪がまだ残っていました。





kasama_03.jpg
運転手さんに教えていただいた通り、
左側を登っていきます。ちなみに右側を登ると
車用(現在進入禁止)のため、
倍以上時間が掛かるそうです。





kasama_04.jpg
なだらかな山道を登っていくと木々が生い茂り
薄暗くなった場所に、石碑が建っています。
史跡笠間城大手門跡。





kasama_05.jpg
山側を見ると井戸があります。





kasama_06.jpg
井戸の前に来ました。





kasama_07.jpg
それでは覗いてみましょう!!




kasama_08.jpg
井戸と佐白山トンネルのツーショット!
この二ケ所は隣接していたのですね…





kasama_09.jpg
佐白山トンネルです。





kasama_10.jpg
トンネルの前に来ました。





kasama_11.jpg
中に突入することにします。





kasama_12.jpg
天井が低く幅も狭いため圧迫感があります。





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板で補強されているのでしょうか…
落書きは東西を問わずどこでもあるのね。





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出口が近付いてきました。今の時間はお休みだったのか…





kasama_15.jpg
外の光がとても眩しい!





kasama_16.jpg
トンネルの探索は以上で終わり…
さて次に向かおうと思ったら、、車の音?






kasama_17.jpg
中をもう一度覗いてみますが…通行止めになっているので
車は入って来れないはず??






kasama_18.jpg
気を取り直して鋪装された道路の先へ進みます。
車だったら後ろから来るだろう♪





kasama_19.jpg
木の幹に大きな穴が空いています。






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山頂付近の見晴し台付近に到着。
廃虚が有るとの情報を頂いていましたが…
破壊されたお店だったのですか。






kasama_21.jpg
店内を外から見ていきたいと思い…





kasama_22.jpg
まだ中は壊されていないようです。
桜のシーズンになれば再開されるのでは?





kasama_23.jpg
座敷席の様子。





kasama_24.jpg
二階の雨戸も外されています。






kasama_25.jpg
裏側はこうなっています。

〈後編に続く〉
プロフィール

屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
「NeoNATS」へようこそ!
‘過去’に探索・サイト公開した物件を公開してます。
5月から月2回の不定期更新になります。
よろしくお願いします(*´∇`)ノ

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