哲学堂(後編)

レポ提供:ヴラド魔王様

東京都中野区

〜案内看板より〜
【哲学堂】
ここは井上円了(1858年〜1919年)が、その独得な哲学思想をもとに、
全財産を投じてつくった社会教育のための公園です。
円了は、ここを“考える人・哲人”を養成する道場としてつくりました。
園内の建造物には、その目的にそった哲学的な名前がつけられて、
円了自身はここを精神修養公園と考え、哲学宗の本山・道徳山哲学寺とも
呼んだといわれています。〜中略〜哲学堂は、円了の思想的遺産であり、
彼の生きた時代の東洋と日本を物語る文化的遺産です。
昭和五十七年二月 中野区教育委員会


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広場の外れに六賢臺がありました。
三重塔見たいな塔でした。

〜案内看板より〜
【六賢臺】
ここに東洋的六賢人として、日本の聖徳太子・
菅原道真、中国の荘子・朱子、印度の龍樹・
迦毘羅を祀っている。




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広場を見下ろす様な丘に三学亭がありました。
見ましたが・・・狭すぎる建物でした。

〜案内看板より〜
【三學亭】
我国古来の神、儒、佛、三道の中、最も著述の
多い平田篤胤、林羅山、釈擬然の三碵学の
石額を奉崇してある。




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三学亭の近くには巨大な硯がありました。
硯塚。凄い大きさです。

〜案内看板より〜
【硯塚】
井上博士が全国巡遊中、求められて各地で揮毫した際に
用いた硯を供養した記念碑で、筆塚とともに貴重なもの。




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再び広場に戻りまして宇宙館です。
普通の木造の建物に見えますが…

〜案内看板より〜
【宇宙館】
哲学とは宇宙の真理を研究する学問であって、
その講和または講習を開かんがために
設けられた講義室である。

【皇國殿】
本館(宇宙館)内部に横斜して位置する特殊構造の
一室であり、国家社会の原理を講究する哲学堂として
本殿が設けられたものである。




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これが公園内最大の心霊スポットとされる幽霊梅跡です。
井上円了が住んでいた家の庭にあった梅の木です。
現在あるのは3代目の梅です。幽霊が出たらしいですねぇ…
ひょっとしたらその幽霊は妖怪門に安置されている木像が
モデルに成ってるのでは…と、想いますが…
この梅にも噂があります。
1.自分の顔が梅の枝に写っていたら10日以内に死亡する。
2.梅と一緒に同行者を写すと、被写体に向かって矢印の様な
三角形の光が写ると2日以内に足を骨折する。
等のとても恐ろしい噂があります。

〜案内看板より〜
【幽霊梅(跡)】
もと、井上博士が駒込に住んでいた頃、庭の梅の下に
幽霊が出ると騒がれたことがあり、それをここに移してあった。




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幽霊梅跡の近くにまたまた大きい石碑が在りました。
絶對城碑。何の意味が在るのでしょうか…

〜案内看板より〜
【絶對城(図書館)】
万巻の書物を読みつくすことは絶対の妙境に
到達する道程であって、哲学界の万象はこの
読書堂にありとしてこの名がある。




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広場を後にしまして森林地帯に向かいます。
その昔、この松に天狗が棲んでたらしく、
樵が切ろうとすると邪魔をしたと。また切った箇所から
血が流れたそうです。樹齢200年、高さ14メートル(八間)、
周囲2メートル(七尺五寸)もあった巨木でしたが、
昭和八年(1933年)に枯死しました。




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暫く林道を歩きますと妙正寺川が見えて来ます。
涼しい風が吹いてました。川沿いに三祖苑が在りました。
唯の人物賛美碑に見えました。

〜案内看板より〜
【三祖苑】
三祖碑には、中国の黄帝、印度の足目、ギリシャの
ターレスの三人が刻まれている。




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公園の川沿いも第二の心霊スポットです。
これは狸燈です。此処の近くであの新倉イワオさんが
不思議なクリーム状の物体に遭遇したそうです。
危害は加えませんが金縛り状態に成るそうです。

〜案内看板より〜
【狸燈(りとう)】
人間の心情は狸に類するものがあり、しかも、時には光輝ある
霊性を発することもあるとして腹中に燈籠を仕込んである。




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これは神秘洞です。昔は竹柵がありましたが…
今では破壊されて中を見られる有様です。
なんとか入れる程の大きさです。

〜案内看板より〜
【神秘洞】
進化溝の源をなし、進化の根元は究め尽せば
神秘に帰するとしてこの名がある。




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六賢臺の後には筆塚があります。
本当に大きいですねぇ。公園内にある記念碑は…

〜案内看板より〜
【筆 塚】
字をかきて、恥をかくのも今暫し
哲学堂の出来上がるまで
哲学堂は井上圓了博士が全国巡遊中求められて各所で
揮毫した際の謝礼を基金として開設されたものであるが、
その謝意を含め、かつ、その筆供養のための記念碑として
造られたのがこの筆塚である。




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哲学堂公園内を隈なくは散策はしませんでしたが、
不思議と怖さと森林浴が感じられる公園でした。
あっ!?忘れてました…夜になりますと、公園には入る事は出来ませんが
深夜、哲学堂通りの歩道を歩くと、
公園内から女性の泣き声が聞こえてくるそうです…暗闇の林から。

以上中野・哲学堂公園リポートでした。

哲学堂(前編)

レポ提供:ヴラド魔王様

東京都中野区

〜案内看板より〜
【哲学堂】
ここは井上円了(1858年〜1919年)が、その独得な哲学思想をもとに、
全財産を投じてつくった社会教育のための公園です。
円了は、ここを“考える人・哲人”を養成する道場としてつくりました。
園内の建造物には、その目的にそった哲学的な名前がつけられて、
円了自身はここを精神修養公園と考え、哲学宗の本山・道徳山哲学寺とも
呼んだといわれています。〜中略〜哲学堂は、円了の思想的遺産であり、
彼の生きた時代の東洋と日本を物語る文化的遺産です。
昭和五十七年二月 中野区教育委員会


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JR高田馬場駅から西武新宿線の各駅停車に
乗り新井薬師駅前で降ります。
駅前はかなり狭い哲学堂通りが在ります。




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哲学堂公園に行くには徒歩かバスで行けます。
徒歩ですと15分程でバスだと2停留所で到着します。
哲学堂通りを走る路線バスは関東バスと国際工業バスの
2つが走ってます。




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暫く歩くと川が見えて来ます。妙正寺川です。
架かる橋は四村橋。実はこの哲学堂通りも
心霊スポットで幾つかの噂が在ります。
1.バイクで通過すると…突然後部座席に女性が乗り抱きついて
事故を誘発させる。その女性は哲学堂公園内で自殺したらしい。
2.革ジャンを着た首なしライダーが疾走する。等です。




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なかなか綺麗な妙正寺川です。
妙正寺川沿いは古戦場で古戦場の碑も存在します。
1477年(文明九年)武蔵野の覇者豊島秦経と、
後の江戸の開祖と成る太田道灌らが江古田で戦いました。
かなりの激戦で、土地を掘り返す度に夥しい鎧や刀、人骨が出ました。





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哲学堂公園のマップです。
なかなか大きい公園ですねぇ。





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暫く歩道を歩きますとグランドが見えて来ます。
其処を左に曲がりますと入口が見えて来ます。





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開園時間は朝9時から夕方の5時まで。
入場は4時30分までです。
休みは在りません。入場無料です。




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公園の入口を入りますと最初に門が見えて来ます。
哲理門です。別名妖怪門とも謂われてます。
左右には2体の木像が安置されてます。
右には天狗木像、左には幽霊木像

〜案内看板より〜
【哲理門(妖怪門)】
本堂の正面に当り左右の天狗と幽霊は、もとこの地に
天狗松と幽霊梅があったことにちなむとともに、
前者を物質界、後者を精神界に存する不可解の
象徴とみなしたものである。




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此れが天狗木像です。撮影にかなり苦労しました…
木像を守る網が非常に邪魔でした。なんとか撮影出来ました。




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幽霊木像。一番インパクトが有るでしょうか。




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妖怪門を抜けますと広い広場に出ます。
公園を造営した井上円了の功績を称える碑がありました。
妖怪博士だったらしいですねぇ…現代の水木しげる先生
みたいな方だっだのでしょうか?




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広場の正面には四聖堂があります。
まるで御寺の本堂見たいな建物でした。
〜案内看板より〜
【四聖堂】
本堂に東洋哲学の孔子と釈迦、
西洋哲学のソクラテスとカントの
世界的四哲人を奉祀している。



後編に続く

中河原海岸

津市

【探索日】2002年5月

同行者:慧様

大戦中の7月28日、米軍の空襲を受け多くの人達が
この海岸で亡くなった場所。その遺体は焼かれ
この海岸に埋められたとか…戦後まもなく、幼稚園児が海水浴に訪れ
多くの水死者を出した事故が起こったそうです。
そして、昭和31年7月28日水泳実習中の女子中学生が突然溺れ
36名もの水死者をだした。目撃者の話では、防空頭巾ともんぺ姿の
者達に、引き込まれるのを見たそうです。


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堤防内側にある女子中学生を慰霊する女神像。
公園の一角に立っていました。




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女神像裏側の文字…花崗岩のためか所々しか読めません。




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中河原海岸です。見た目には遠浅な海岸線。
ここで溺れるのは余程の事がない限り…

三ツ口池

豊橋市

【探索日】2003年11月

豊川用水補助ため池として改修されたダム施設。
歴史は江戸時代初期、当時の吉田藩藩主の命により
付近の原野の開田を進めた際に、その水源として
築造されたものだそうです。
豊橋市の貴重な水道用水の供給源となっています。
噂としては、三人の老婆が時間差で現れる事が有名だそうです。
他にも溺れたモノ達によって引込まれるとか…


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石巻山山頂より三ツ口池を望む。




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池畔に車を止めて池の散策を開始。
案内看板が立っています。フェンスも立っていますが
この部分だけでした。




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池より石巻山を望む。
左側の岩が見える山が先程池を撮影した場所です。





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堤防沿いにちょっと散策をしてみましょう。
夕方なので釣り人もまばらです。






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あの岸辺どこかで見た様な…前日放送の
ダムド・ファイルで姉妹が立っていた場所でした。






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水面を写してみました…
三人の老婆は現れる様子が無いですね。





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日が暮れそうなので、池一周はやめて
堤防沿いに帰ります。逆光でフレアの具合も
バッチリなショットになりました…
この場所は夜の雰囲気が最高だそうです。
プロフィール

屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
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5月から月2回の不定期更新になります。
よろしくお願いします(*´∇`)ノ

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