頭川トンネル(旧津々良トンネル)

富山県氷見市付近

【探索日】2004年6月

合同探索:「うさぎっ子恐怖館」

富山県氷見市と高岡市の市境にある頭川トンネル。
正式名称は旧津々良トンネルです。
トンネルの天井から覗かれる等の
怪現象が起こると云われています。



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草が左右に覆われた道路を車でひたすら走ると
赤い鉄骨が見えてきます。
スノーシェイドか落石防止用?壁面の落書きがものすごい;





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ヘッドライトの先にトンネル口が見えてきます。
車を止め車外に降りてトンネルを改めて見ると…
なんか入口の所にわさわさ動く影。
自分は青いジャンパーを着た人を見ました。






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先客でしょう。さすが有名なスポットだけあります。
車の周りで少し待ってから徒歩でそろそろっと向かいます。
頭上が空いてる・・・ここから誰かが覗くのか?






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真っ暗なトンネル内部。
新しい轍があるので使われてはいるのでしょう。






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今まで見たことのない量の落書き。
きっと他に集う所がないんだね・・・






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出口付近に大きな水溜まり;
結構深い…みな運動靴装備だったので
さぁてどぉしたもんかと思案していると一陣の風。






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ちょうど撮影してた時で画面を確認すると…
これなんでしょね; 特大埃オーブ?






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…それでは帰ります;






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最後に鉄骨の穴を見てみます。
誰かがバイバイしてたらやだなぁ;






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モヤが濃くなってきたので急いで車に戻りました。

入口で見えた人は居ませんでした。
そぉいえば足跡もなかった・・・

白倉トンネル

富山県魚津市

【探索日】2004年6月

合同探索:「うさぎっ子恐怖館」

富山県のダム付近にある現役トンネルです。
バケトンとしても有名らしく、天井から白い手が
たくさん現れるなどの怪現象が起こるそうです。


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雨の合間のムシムシした夕刻時
白倉トンネルに到着。車一台がやっとの小さなトンネルです。
一度トンネル内を通過してダム側に車を止めます。





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トンネル上部の銘板です。年代が彫られていません…
1954年(昭和29)に竣工されたそうです。





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ミラー越しのトンネル。





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それではみんなで歩いて中に入ります。





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水が滴る音がトンネル内にこだましています。





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待避壕もあります。





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いきなり広くなりました。
中央部に車が擦れ違えれるようになっています。





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また狭くなります・・・
トンネル内は傾斜があります。





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やっと出口に到着です。
1kmくらいの長さだったでしょうか;





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幸いなことに通過する車はありませんでした。





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さてまた歩いて戻ります。





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中央部に何かの気配が・・・
特に悪さをしない連中が溜まってるだけだったようです。





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この溶け出した箇所が恐怖をそそりますね。





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フラッシュに灯りが・・・





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待ち伏せですか?





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警告矢印看板でした;

多くの怪奇現象が起こると云われる白倉トンネル。
今回は早い時間だったので何事もなかったのでしょうか…

泣く木跡

北海道夕張郡栗山町

【探索日】2003年5月

北海案内看板より…
泣く木ニ世を記念して〜泣く木の由来〜
明治のはじめ ゆうばり群下は 自然の宝庫として脚光を浴び
開拓のための交通の要衝となった。
そこで 道路工事のために この地に飯場を建て
多くの囚人の労苦と犠牲によって 開拓されたのがはじまりである。
その後 鉄道を敷設するため邪魔になる樹齢三百年にもなる
ハルニレを工事関係者が切り倒そうとしたが 無気味な声で
キュー ヒィー と泣き 大怪我をしたり 病死をしたという。
それから誰云うともなく これは道路工事の犠牲になった
囚人や婦女の霊魂が乗り移って 泣くのだと伝承され
長い間 霊木として 祀られてきましたが しかし
昭和四十五年に心ない労務者によって 切り倒されてしまった。
今 ここに 泣く木 二世を移植し 栗山開拓の犠牲となった
多くの人々の冥福を祈るものである。
昭和五十九年十月十三日


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夕張川沿いの国道234号線に「泣く木」は立っていました。
今はお地蔵様と石碑が残されています。




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高い堤防を登り撮影しました。石で囲まれた部分が
「泣く木」が立っていたと思われる場所です。




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お地蔵様です…が、向きは国道の方に…
交通安全を祈願して建てられたのでしょうか。
その横には「愛犬の墓」もあったりします。




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石碑の横にはニ代目が元気に育っています。
お供えがある所から、地元の人からの信仰も厚いようです。




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国道脇を流れる夕張川を写しこの場を後にしました。

お菊人形

北海道空知郡栗沢町

【探索日】2003年5月

〜お菊人形の由来より〜
大正7年、札幌市に於いて開催された大正博覧会を見物に
8月15日出札(札幌へ出掛けること)狸小路の商店で、妹「菊子」に
お土産として買ってきたオカッパ頭の胸の鳴る人形であった。
「菊子」は大変喜び、毎日人形と共に楽しく遊んでいたが、
不幸にして大正8年1月24日、3才にして死亡。葬儀の際、
大切にしていた人形を棺の中に入れてやるのを忘れ、
出棺後見つけたのでお骨と一緒に仏壇に祀り、生前の「菊子」を思い出しながら
朝に夕に回向しているうちに、いつともなく髪の毛が伸び出した。
その後、樺太に移転することになり、昭和13年8月16日「菊子」及び
父親助七のお骨と人形を萬念寺に頼み出発…
終戦後、引き揚げて追善供養のため萬念寺に参詣。
納骨した時より髪の毛が伸びており本当に不思議なことと思い、
お人形を万念寺に 納め先祖代々供養をお願いした次第です。 鈴木永吉
※鈴木永吉氏入館以後「お菊人形」と号し本堂に安置す。
安置場所:慈光山 萬念寺本堂


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本堂に入り、左手奥に安置されている「お菊人形」と対面。
思わず息を飲んでしまいました。




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草毎年住職様が髪を切り揃えているそうですが、
左右の髪はまるで生きているかのように伸び不揃いです。
近年、口元も開いてきているそうで、
微笑んでいるかのように見えます。
「お菊人形」を紹介している新聞があったので読んでみると、
切った髪の毛を科学的に分析した結果、幼い子供の毛髪だったそうです。
切ってから若干伸びる事はあるそうですが、伸び続けるのは考えられないと
コメントが載っていました。やはり菊子ちゃんの霊が乗移ったのでしょうか?
参拝された方の御記帳があったので拝見すると、道内はもとより
全国各地から参拝に訪れていました。
プロフィール

屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
「NeoNATS」へようこそ!
‘過去’に探索・サイト公開した物件を公開してます。
5月から月2回の不定期更新になります。
よろしくお願いします(*´∇`)ノ

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