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立石祠

レポ提供:ヴラド魔王様

東京都葛飾区

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立石祠を見に行くには京成線青砥まで行きます。





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辿り着くまで15分程。高架橋沿いを立石駅方面に歩きます。
そして最初交差点を対岸に渡り、左に曲り2つ目交差点が
見えて来ましたら其処を右に曲がります。






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最初の角を右に曲りますと、児童公園が見えて来ます。
其処が立石祠の入口。






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なんと!児童公園に鳥居があります。2つも…





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立石祠案内板です。





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これが立石です。




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鳥居を潜りまして立石を撮影しました。
地上に僅かだけ露出してます。今から150年前には
地上60cm程に露出し、冬には縮小して小さくなり、
夏に成ると膨張して大きくなると云う不思議な奇石。
別名「立石様」とも謂れ、地名の由来と成った。
また地中に隠されている深さが計り知れない事から
「根有石」とも呼ばれてます。
石は南へ70キロ離れた千葉県にあります、鋸山周辺に
存在する房州石(凝灰岩)だとせれてます。





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文化三年(1806年)に地元の名主島田新右衛門が、
村民の協力得て三日三晩掘下げを試みたが…
石の底は一行に現れず、おまけに関係者から病人が続出した為、
立石の祟りだと恐れ、工事を取止めて文化八年、
立石稲荷大明神として祀り、文化十二年には鳥居まで寄進されました。
明治以降も何度も発掘が試みられたものの、
全く石の底が現れず断念されました。





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立石の後には小さな石の社がありました。





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かなり古い物ですねぇ。何とか文字が見えます。





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石社の斜め後のにも道祖神碑でしょうか?
もう一つ立石がある見たいですねぇ。





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童心(笑)に戻りまして…滑り台から立石を撮影。





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立石の背後に在る銀杏の姿が凄いですねぇ…
石の力でしょうか?立石祠は24時間開いてます。
児童公園ですので子供さんも遊んでますので、
それなりの配慮を…また住宅地に囲まれてますので
静かに訪問しましょう。

以上立石祠レポートでした。
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於岩稲荷田宮神社

レポ提供:ヴラド魔王様

東京都新宿区


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於岩稲荷田宮神社に行くには中央線の「信濃町」から行くのが便利です。
公道に出たら止まらず進みましょう。
先ずは外苑東通(国道319号線)を北に歩きます。
暫く行きますと左門町交差点が見え、其処を右に曲がり住宅地へ。





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暫く住宅地を歩きます。すると赤い幟が見えて来ます。
最初に見えて来ますのが、「於岩稲荷陽運寺」が見えますが…
「お岩様」とは関係の無い御寺です…斜め向かいに
「於岩稲荷田宮神社」が在ります。





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〜案内看板より〜
都旧跡 田宮稲荷神社跡
文化文政期に江戸文化は燗熟期に達し、いわゆる
化政時代を出現させた。歌舞伎は民衆娯楽の中心に
なった。「東海道四谷怪談」の作者として有名な
四代目鶴屋南北[金井三笑の門人で幼名源蔵、
のち伊之助、文政十二年(1829年)十一月二七日歿]
も化政時代の著名人である。「東海道四谷怪談」の
主人公田宮伊左衛門(南北の芝居では民谷伊左衛門)
の妻お岩を祭ったお岩稲荷神社の旧地である。
物語は文政十年(1827年)十月名主茂八郎が
町の伝説を集録して、町奉行に提出した
「文政町方書上」にある伝説を脚色したものである。
明治五年ごろお岩神社を田宮稲荷と改称し、
火災で一時移転したが、昭和二七年再びここに移転
したものである。
東京都教育委員会





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史跡に指定されてます。





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此方が正門です。夜でしたので中には入る事は出来ません。





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境内はとても狭い。
在るのは本殿と御岩様が使っていたにであろう古井戸。
本殿は「四谷怪談」の芝居・ドラマ・演劇等をやる際の、
御祓い用の社殿に成ってます。沢山の関係者が必ず
御祓いを受けるそうです。もし御祓いを受けないと
「祟り(死亡事故・負傷事故)」があるそうです。
…暗いからでは?





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神社の周囲には、役者などから寄進寄付を
受けた石柵が囲んでます。





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有名な役者でしょうか。沢山在りました。





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知っている方は……いませんでした(汗)
神社は住宅地に在りますので、騒いだり、
大挙して来るのは望ましくありません。
参拝の際は、近所に配慮した参拝を心掛けましょう。

以上於岩稲荷田宮神社レポートでした。

雄蛇ヶ池

千葉県東金市
【探索日】2004年7月

ご案内:『噂の現場』sudoh様

古い伝説が残っている池として有名。
その昔、近所に嫁入りした女性が機織りの事で姑にいじめ続けられ、
この池で入水自殺をした。それ以来、入水自殺者が続くようになったそうです…
雄蛇ヶ池の名前の通り、池には白蛇が住んでいると伝えられる。
池を何周か回ると白蛇に出会えるとも…


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幼少の頃、「天才た○しの元気が○るテ○ビ」で
雄蛇ヶ池のオッシーを探す番組を見て池の名前を知り、
とん○るずの揖保○子で本物の霊が映った事で
機会があれば訪れてみたいと思っていた憧れの場所。
Sudoh様のご案内で池に到着!!
案内看板にはグルッと歩いて90分(約4km)の文字;
まずは堤を登って池との初体面♪





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見事に蓮の葉で覆われた池…まず出た言葉は
極楽浄土ってこんな感じかな(汗)




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時間と体力がないので、最寄りの東屋を目指します。





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かなり歩いて分岐点;





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最初の東屋に辿り着きました。。





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釣り舟が浮いていてバスフィッシングしてます。
のどかな昼下がりの光景。





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ふと落書きだらけの天井をみると…きのこも生えているし;





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一息ついてもと来た道を戻ります。
軽いハイキングと、良い景色を堪能させて頂きました(笑)
先程通過した切り通しを車の中から、、迫力あります。

土倉鉱山跡(後編)

滋賀県
【探索日】2004年5月
 
滋賀県と岐阜県の県境に位置する土倉鉱山跡。
その歴史は、明治末期に鉱脈が発見され、主に銅、硫化鉄
他に金や銀、そして微量だが鉛も産出された。
埼玉の日窒鉱山で有名な日窒鉱業が運営していた。
戦時中が最盛期だったそうで1500人もの鉱山関係者が
勤めていた。さらに大陸からの強制連行者も働かされていた。
多くの労働者が事故やじん肺、自然災害で命を落とし、
さらに海外からの安い銅に押されて、昭和40年頃に閉山した。


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上から見た柱群、、向こうの広場では
家族連れがバーベキューをしていて、選鉱場内に
イイ香りが漂っています。。




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坑道の一つを覗いてみました。




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コケに覆われた坑道もあります。




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こちらは…覗くのが怖い奥の見えない坑道。




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まだまだあります、丸くなった台座。




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巨大なシックナーの下にも坑道があります。




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中はこんな感じ。。





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もう少し上に行ってみたいと思います。
この階段…削ったのかな?




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屋根のない建物がありました。
頑丈なブロック造りです。




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入口からおじゃまします!




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当たり前ですが、中には何も残っていません。




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柱が立てられていた穴でしょうか?
落ちる事はないと思いますが転ぶには充分。




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覗いてみると…ゴミが散乱してました。




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出口からおじゃましました。。




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落ち葉が満タンに詰まったシックナー越し。




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鉄柱が残されています。これだけのコンクリートに
囲まれていると、一つだけでも違う物質があるとホッとします。




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建物跡がこちらにもありました。




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先程の建物が上から見えます。




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こちらにも坑道が口を開けていました。




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さらに上に登れるようですが、体力の限界で断念;




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シックナーを横目で見ながら泣く泣く撤収。




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この上には何が残されているのでしょうか…




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選鉱場横に立てられている石碑
「土倉鑛山鑛友顕彰碑」と掘られています。




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草木に覆われた建築物。




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所々に木造の家屋が倒壊した形跡が残されています。




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柵で塞がれた坑口がありました。
手前には水が流れる側溝があるので注意です。




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柵越しで中を撮影。奥からも勢い良く水が流れ出て来ています。
ちなみに…虫や小動物の巣窟との話も聞きました(汗)




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遭遇はイヤなので断念です。




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山道をしばらく歩くと小さな祠がありました。




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「昭和十六年十二月 土倉鉱山」と台座にあります。




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向いの川に突き出た排水管。
坑道から流れ出た水がこちらからも出てます。




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さらに山道は続きますが、今回はこれで終了です。

噂されていた神殿のような造りの土倉鉱山、
やっと巡り合え、そして感動をして帰路につきました。
いずれ自然に帰っていくかと思うと…訪れてみて本当によかった。
プロフィール

屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
「NeoNATS」へようこそ!
‘過去’に探索・サイト公開した物件を公開してます。
5月から月2回の不定期更新になります。
よろしくお願いします(*´∇`)ノ

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