新田神社・十寄神社(後編)

レポ提供:ヴラド魔王様

東京都大田区


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境内の奥には義興公が眠る御塚があります。
その前には力石があります。





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渾身の力を出せば抜けそうな石ですねぇ。
まぁ、抜く方は居ない様で…御塚の目の前ですから。





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これが新田義興公が眠る御塚です。直径15メートルの円墳です。
塚に入ると(足を踏み入れると)出れなく成り、
祟りがあるとされてます。別名「迷い塚」「荒塚」とも謂われてます。





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御塚は柵に囲まれてます。矢口渡しで義興公が乗る船は沈められました。
その船で造った棺で義興公は葬られました。御塚の真中に一本杉が在ります。
義興公が乗った舟と鎧一式を埋めた物が変じた木とされてます…
太い木には見えませんでしたねぇ。
また御塚には竹も生えていまして、此れは源氏の白旗を立てた物が
根づいたもので、旗の形しているらしいです。
雷が鳴るとピチピチと真っ二つに割れると伝えられてます。
因みに江戸幕府を開いた徳川氏は新田氏を祖としてます。

※神社は24時間開いてますが、神聖な場所かつ死者が眠る土地です。
参拝の際には謙虚な心で参拝しましょう。





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新田神社を後にしまして次は十寄神社に向かいます。
矢口渡しで罠に嵌り憤死した義興公の姿を見て玉砕討死覚悟で
特攻切込みし果てた義興公の配下を祀る神社です。
歩くこと5分位で道の脇にありました。





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神社の前はなんと駐車場…衝天しました。
社殿の後にある大木は10騎士が埋葬された塚があります。





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十寄神社の案内板です。
新田義興公の人気は今でも根強く残ってました。
まるで新撰組や赤穂浪士等に見られる人気スポットです。
歴史浪漫が実感できますねぇ。

以上、新田神社と十寄神社レポートでした。

新田神社・十寄神社(前編)

レポ提供:ヴラド魔王様

東京都大田区


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新田神社・十奇神社に行くには「東急蒲田駅」から出てます、
東急多摩線に乗り2つ目の駅「武蔵新田駅」で降ります。
静かな商店街を歩きますと緑が生茂る一体が見えて来ます。
其処が新田神社です。





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濃い緑に覆われてますからとても涼しい場所でした。
新田神社の入口です。





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神社の祀神は新田義興様。

鎌倉幕府を滅亡させた新田義貞の子である義興は、
後醍醐天皇の南朝方の武将として、義貞死後活躍するが、
正平13年(1358年)武蔵国多摩川の矢口渡しで、
足利基氏と畠山国清によって謀殺されました。
その後、実行犯である江戸氏の者が矢口渡しを通った時、
白馬の上に雷神と化した義興が現れたため落馬し、
七日間溺れる真似をしながら狂死した。また、義興は憎き
畠山国清の夢に現れたあと、入間川周辺にあった村々は
雷火によって廃塵と化しました。さらに矢口渡しでは、
夜な夜な火の玉が現れ、地元の住民を悩ませました。
祟りを恐れた住民は新田大明神として祀ったとも云う。
後に江戸時代に新田開発を背景にして、義興は祟り神と
してでなく農業神として信仰されました。





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鳥居を潜り境内に入ります。





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目の前に見えますのは本殿です。
なかなかの立派な造りの木像本殿ですねぇ。





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狛犬の斜め真向かいには御神木があります。





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公自然の生命力には驚愕させられる御神木です。
樹齢700年。幾多の時代を見てきた木です。





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公新田神社には七不思議があります。
その一つので一番有名なのは、この唸る狛犬です。






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義興公謀殺に関わった畠山氏の血縁者が、
この神社に来た際には雨が降り、狛犬が唸ったとされてます。
私が撮影した日は曇ってましたが…狛犬は唸りませんでした。。
良かった血縁者じゃなくて。ネットでも調べましたが…
他にどんな七不思議かは分かりませんでした。残念無念。

後編へ続く

胴 塚

レポ提供:ヴラド魔王様

茨城県岩井市


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夏休みが取れましたので、初めて高速バスを使い茨城県岩井市に行きました。
岩井市に行くには、高速バスか自動車を使って行くしかありません。
便利なのが東京駅八重洲口の高速バスターミナルですが…
岩井市行きのバスは1時間に1本しかないので出発時間には注意です。





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まずは高速道路に乗り、茨城県岩井市を目指しました。
常磐高速道路から降り一般道へ、暫くは停留所に停まり進みの続きました。
御目当の延命院は神田山(カドヤマ)で降ります、カンダヤマとは謂いません。
神田(カド)とはカラダが訛ってカダ→カドと成ったという説も在る様で、
東京の神田明神の名も此処から取られたと云われてます。





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停留場からちょっと戻ります、案内板も無い為ですから…
感で探しました。歩道の右側に車の解体工場がありました。
その脇に舗装されて無い道がありましたその道を歩きました。
夏だと言うのに、栗の実が落ちてます。暫く歩きますと
墓地が見えて来ました。当りです!
延命院の墓地でした。木々が生茂る方に歩きました。
見えました!!此れが胴塚の入口です。





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入口を抜けまして塚の方に歩きました。
参拝者は居ません。東京の首塚と比べますと…寂しいですねぇ。





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胴塚案内板です。





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胴塚の脇には、大手町の首塚保存会から寄贈された
石碑がありました。隣のは延命院の住職様からの寄贈石碑です。





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さすがは江戸っ子の方は気前が善いですねぇ。





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石碑の後です。昔の写真では石碑の脇に
蛙の置き物がありましたが…撤去されてました。





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さて此れが平将門公の胴塚です。北山の戦いで不運にも流れ矢が
頭に命中し絶命しました。戦いの後、将門公の首は切断され
京都に運ばれ、胴体は此処に埋葬されました。





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伝説では、京都から飛んだ首は胴体を探しに
岩井市へ飛んで行きましたが…力尽きて大手町に落ちました。
其処が有名な首塚ですねぇ。





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胴が埋葬されているだろう上には、嶮しい顔の石像がありました。
まるで封印している様に見えます。





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塚の斜め向いには御地蔵様がありました。
此れも監視しているかの様に見えます。





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胴塚は茨城県の史跡と天然記念物に指定されています。





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胴体があるだろう塚の上には、巨木があります。
萱(かや)の巨木です。樹齢は相当あるでしょう。





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延命院から炎天下の中国道354号線沿いを歩き、将門公終焉地の
辺田にある北山合戦場跡(北山大明神)を探しましたが…
見つかりませんでした。諦めて國王神社に向かいました。
國王神社は、岩井市の北の外れにあります。
岩井交番前交差点から国道20号線沿いを歩き続け、
暫く行きますと案内板が見えて来ます。





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涼しい風が吹く林沿いを歩きました。





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國王神社案内板です。





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入口の石碑です。





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整備された参道を歩き本殿に向かいます。





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本殿入口です。珍しい茅葺の社殿でした。





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國王神社は、関東支配の拠点の館があった場所に立ってます。
此処で将門公は「新皇」宣言をしたんですねぇ。





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丁重に参拝を済ませて社殿の中を撮影しました。
普通の社殿の中でした。が、隣には…





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隣には将門公の娘様が彫ったとされる、木像の御神体の写真がありました。
いやぁあ凄い形相の写真でした。國王神社の祀神ですので、木像は社殿の
奥に鎮座してます。許可が無いと撮影は出来ないと思います。
くれぐれも無許可で社殿に入り撮影しない様に!





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延命院・國王神社は24時間開いてます。
両方とも岩井市の心の支えと成っている場所ですので
静かにかつ畏敬の気持ちで参拝しましょう。

岩井市までは高速バスで片道1,300円(岩井)
神田山までは1,200円です。

以上、岩井市の延命院と國王神社レポートでした。

大雲寺「エロ地蔵様」

レポ提供:ヴラド魔王様

埼玉県桶川市

その昔、お地蔵様が夜な夜な歩き出し、
女郎を買いに出掛ける事あったそうです。


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お地蔵様が置かれている、大雲寺に行くには
JR高崎線を使います。各駅停車に乗り桶川で下車。
赤羽からですと30分程で到着します。
桶川に到着しましたらまずは東口へ・・・
駅前通りを真直ぐ進みますと旧中山道が見えて来ます。
中山道に出ましたら北に向って歩きます。





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街道沿いは昔の古い建物が点在。
桶川は江戸時代は宿場街でした。ですから沢山の宿が密集。
人や物が集まれば娯楽が生まれ、そして夜の娯楽も
また生まれます・・・中山道でも桶川は有数の「色町」
(歌舞伎町や吉原見たいな場所ですねぇ)でした。





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街道沿いに在った地図。御目当の「大雲寺」までは
歩いて10分程で到着します。





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桶川市の解説文です。





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解説文の続き・・・





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街道沿いを歩きますと大雲寺の入口が現れます。
前日に雪が降りましたので日陰の雪は氷に成っているので、
足元を注意しながら入口に到着。さぁ境内に入ります。





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最初に見えてきますのが立派な鐘堂が見えて来ます。
大晦日には恐らくは行列が出来るでしょう。





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今は閉鎖されてますが立派な門もありす。





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此方が本堂です。お目当のお地蔵様は
本堂前の広場にいらっしゃいました。





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恐らく此れが伝説の「エロ地蔵様」と思われるお地蔵様・・・
伝説では、このお地蔵様は夜な夜な歩き出し、女郎(←売春婦の
事でしょうか?)を買いに出掛ける事あったそうです。
「地蔵が毎晩の様に女郎屋で飲めや歌えと騒いでいる」という噂が
この話が和尚の耳に入り、激怒した和尚は、何食わぬ顔で立っている
地蔵の背中に鉄の輪を打ち込み、鎖で繋いで動けなくしまったという
伝説があります。





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お地蔵様の背中を検証。3体のうちやはり一番大きいお地蔵様が
怪しいかったです。お地蔵様の首の辺りに不自然な突起物があります!
鉄と輪は300年の間の風雨で風化してしまったか、もしくはお寺の
改修工事等の時に「その伝説が伝えられてなく」除去された可能性が・・・
と、いう事は封印を解かれたエロ地蔵様は、現在も夜な夜な遊びに
行ってるのだろうか?!





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アップにしてみました。





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3体のお地蔵様の隣には同じく石像が沢山並んでましたが、
大半が水子供養の石像でした。
念のため失礼ながら背後を検証しました。1体1体ずつ・・・
全て見ましたが怪しい石像はありませんでした。
やはりあのお地蔵様が「エロ地蔵様」なんですねぇ・・・





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もしあのお地蔵様が「でなければ」、恐らくお寺としては
「恥かしい仏様」であるから外に置いとく事は出来ずに
寺院の中に封印されている可能性があります。
背中に鉄の棒を打ち込まれた姿のままで・・・

以上、大雲寺「エロ地蔵様」レポートでした。
プロフィール

屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
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5月から月2回の不定期更新になります。
よろしくお願いします(*´∇`)ノ

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