ホテル望○

千葉県
【探索日】2004年7月

取り壊されました。

ご案内:『噂の現場』sudoh様

千葉県を代表する海にそびえる廃墟物件。
憧れの物件で、ついに恐れていた事態に;


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海辺にそびえる建物。前回の千葉探索時にも
気にはしていたのですが、これが噂の物件でした。
暗闇に佇む建物の前で思わずため息が漏れます。





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部屋の中の様子はここからでは見えません。





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プールサイドを歩いて建物に近付きます。





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夜のプールは不気味の一言ですね…





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隣には子供用の小さなプールもあります。





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建物の裏に廻り入口を探して行くと、
煙突が倒れていました。





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唯一の侵入口…最近補修されたようです;





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仕方ないのでボイラー室を見学。





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年代物の機械設備が潮風で錆びまくっているところ…





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名残り惜しんでもう一度建物を写し、正面玄関へ向かいます。
…この撮影がきっかけで;





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本館横に崩壊寸前の建物。





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厳重に封印された本館正面…これで終了。

の、はずでしたが…撮影を終えた我々の横に車が近付いてきました。
乗っていたのは恰幅の良い男性…同業者と思ったのですが、
ここの管理人でした;「ここで何してる?」
「趣味で建物全景だけの撮影です(汗)」
鋭い目付きで「中に入っていないだろうな!」
「…はい!もちろん♪本館はネ」チッと舌打ちしながら
「いくら穴を塞いでもすぐに穴を開ける奴らが
いるから困ってるんだ!」「…そうなんですか?大変ですね〜」
「まだここに用があるのか?」「いえ!もう帰ります!」管理人は
運転席から出ずにずっとこちらの言動を確かめつつ、こんな
やり取りが約15分程続いて無事解放されました…
自分達にはとても長い時間のように感じましたよ。
…低姿勢は基本中の基本ですよね;

浜松市体育館

浜松市内

【探索日】2008年12月

浜松の中心部に昭和38年(1963年)4月に開館した体育館。
屋内競技をを始め、催し会場、集会場として市民活動の場として愛され、
独特な形状から「クロワッサン」との愛称で親しまれてきました。

古くは、東京オリンピックの聖火リレーの浜松での出発地点だったり、
力道山が刺される前日に、試合を行った最期の場所との話もコアな
プロレスファンから教えてもらいました。

老朽化に加え対震補強の不備の影響により、平成20年(2008年)3月20日
市民に惜しまれつつ閉鎖。鉄くず業者に買取られ平成21年(2009年)初めに
数週間掛けた工事により跡形もなく取り壊されました・・・




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部活や学校行事で訪れた思い出深い体育館。
既に出入り口は閉鎖され当時を偲びつつ一周・・・





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建設当時最先端だったといわれる採光用の窓。
独特な形状から「クロワッサン」や「だんご虫」なんて愛称で呼ばれてました。





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素人考えですが…頑丈そうな外観を見るとまだ使えるのではと邪推。
老朽化・対震補強の工事巨費を考慮すると取り壊しもやむなしでしょうか・・・





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正面玄関まで廻ってきました。通路や軒先きに
棲んでいた人達は他へ移動するのでしょうね。





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数日後、体育館を訪れると・・・正面玄関が開いてる;

ちょっと覗かせていただきました。
すでに工事が進んで備品は外せれてまとめられています。





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工事の邪魔にならない様に注意して二階へ。





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この天井の光の入り具合・・・とても懐かしい雰囲気。





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最期に再開できた感動を胸に仕舞い階段を下ります。





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一列だけ残されたコインロッカー。





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次回訪れる時には取り壊されていることでしょう。





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記念に正面玄関のプレートを。今になって正式名称知りました・・・

一言、労いの言葉をかけるのが精一杯 長い間本当にお疲れ様でした。

鈴ヶ森処刑場跡

レポ提供:ヴラド魔王様

東京都品川区南大井


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京浜急行の大森海岸駅から品川方面に歩く事、10分
第一京浜沿いに刑場跡が在ります。





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入口に設置されている看板です。
今残る遺跡は僅かで処刑された方を供養する為の供養塔や
御地蔵様等が置かれてます(沢山)
昔の刑場の面積は1120平方キロメートル在りました。





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此れは「首洗い井戸」罪人の首を此処で洗い、
獄門に処したとされてます。
(網を開ける勇気は有りませんでした…)





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刑場に残されている…「磔台口跡」と「火炙り台跡」です。
御花と供え物が置かれてます。





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此れは火炙り台口跡、昔は海に近く常に強風が
吹き付けてましたから…
罪人を縛りつけて…近くに煙が沢山出る焚き火を焚き…
罪人を息苦しさと熱さで死へと追いやりました。





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此れは磔台口跡です。
磔刑は・・・槍で串刺しでした・・・・





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刑場跡地の隣には大経寺が隣接してます。
展示物は少ないですが見学を希望しますと
住職様が分かり易く刑場の歴史を語って頂けます。
夜の訪れましたので私は大経寺に処刑された方の
成仏を願い帰宅しました。
…今でも地面を掘りますと骨が出るそうです。(本当に)

梨沢手堀り隧道

千葉県富津市不入斗
【探索日】2004年7月

ご案内:『噂の現場』sudoh様

sudoh様秘蔵の照明付きと照明無し隧道


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細い山道をどんどん進み、どこまで連れて行かれるのだろう;
そんな気持ちになってきた頃に見えて来ました。





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照明が付いています…雰囲気最高!素敵です!!





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雰囲気を味わいたので歩いて隧道の中に…





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手堀のごつごつ感がいいですよね♪





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長い年月で地下水がしみ出し、鍾乳洞のようになっています。





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反対側に出ました。





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ミラー越しに隧道口撮影。





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反対側の雰囲気を堪能して車まで戻ります。





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トンネル(隧道)って出入り口のコントラストがいいんですよね〜





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さらに細い道を車で慎重に進んだ先…
山の陰に入った場所に、照明なしの小さい
手堀り隧道が現れます。





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轍があるのは使われている証しですが…
とにかく狭くて(汗)





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歩いて踏破♪






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天井を見上げると電線がここまでとなっています。






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それでは日が暮れる前に戻ります。





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とても雰囲気のよい隧道ニ連を紹介して頂きました。
こんな手堀の隧道は今開発などで姿を消しています。
全国の隧道まだまだ探索したいです…

八百比丘尼入定洞(空印寺)

福井県小浜市

【探索日】2003年9月

人魚の肉を食べ八百歳まで生きたという
八百比丘尼伝説。全国を行脚し、貧しい人々を助け
生まれ故郷に戻り、亡くなった洞穴が若狭にあります。


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〜案内看板より抜粋〜
八百比丘尼入定(にゅうじょう)の地
八百比丘尼の伝説は、北は東北から南は四国、九州まで
全国に広がる物語ですが、いずれの土地のものも全べて
若狭小浜と深いかかわりをもった伝説として語り継がれています。
若狭で語られている八百比丘尼物語とは、
昔、東勢村(現:小浜市)に高橋長者と呼ばれる人がいて、
ある時、海中の蓬莱の国へ招かれ、お土産に人魚の肉をもらって
きました。長者の娘がそれを食べたところ、八百歳になっても
娘のように若々しく、困った娘は尼になり全国を行脚して、
最後に若狭小浜に帰り、この洞穴に入定(生きたまゝ身を隠し
静かに死をまつこと)したというものです。
この時八百比丘尼は、洞穴の入口に白椿を植えたと
伝えられています。






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天井までの高さは、子供が立って入れるくらい。
少し屈んで、滑りやすい足元に注意して慎重に…
奥行きは10〜20m位。洞穴内は水音だけが響いています。
八百比丘尼と刻まれた石碑が奥に立っています。
この場所で、死が訪れるまですごしたのでしょう。
プロフィール

屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
「NeoNATS」へようこそ!
‘過去’に探索・サイト公開した物件を公開してます。
5月から月2回の不定期更新になります。
よろしくお願いします(*´∇`)ノ

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