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弘法寺の涙石

レポ提供:ヴラド魔王様

千葉県市川市


今回は弘法寺の涙石を訪れます。
しかし中央線沿いには伝承・心霊スポットが多いですねー^^;





Namidaishi_01.jpg
秋葉原駅から総武線に乗り市川駅で下車します。





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そのまま北に向かって歩いて行きました。
最近駅前は開発が進みかなり変わって来ました。





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そのまま北に進みますと、手児奈通りへと繋がります。
その名に在る様に此処には「絶世の美女」が居た!
という伝承があります。手児奈とは歌人である山部赤人や
高橋虫麻呂が万葉集でも歌った絶世の美女の事です。
(小野小町より美人だったのかな・・・・??)





Namidaishi_04.jpg
閑静な住宅地を進むと前方に巨大な山が見えて来ます。
ここに涙石がある弘法寺があります。
その山の麓にあるのが手児奈聖堂です。





Namidaishi_05.jpg
参道を進みます。





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万葉集で歌われた「絶世の美女」手児奈様に対する、
熱い男漢達の歌の解説です。いつの時代の男性はね・・・・





Namidaishi_07.jpg
手児奈聖堂の横には池があります。この池にも悲しい伝説が…
昭和の時代に此処で事件がありました。
(凄い美女?)だった女性が沢山の男性から告白され
色恋沙汰で深く悩んでとうとう最悪の決断をしました・・・
そぅ「入水自殺」です。これと同じような事件が遥か
昔、奈良時代にもありました。それが「手児奈様」です。
美貌を聞きつけた熱い男達が大挙して訪れ「求婚」しました。
しかし求婚を求めた男性達が争いを始め、争う男性達の姿を見て、
手児奈様は嘆き悲しみました。その後手児奈様は(当時の市川市は海が近かった)
なんと海に入水自殺してしまったのでした。
さぞかし男性達は悔やんだでしょうね・・・・
その後、近所の弘法寺の住職様である日与上人様が手児奈様の霊を
慰める為に聖堂を建立しました。





Namidaishi_08.jpg
参道を進みますと聖堂に到着します。今でも此処には「恋に悩む女性」や
「安産」願う女性の方が沢山訪れてます。





Namidaishi_09.jpg
さてぇ手児奈聖堂を後にしまして、次は弘法寺を訪問します。
直ぐ近くにあります。山の上に御寺がありますので急峻な石段を登ります。





Namidaishi_10.jpg
徳川幕府との関係がある御寺ですのでとても大きい御寺です。





Namidaishi_11.jpg
境内に行くまでにはこの石段を登って行かなければなりません。
その石段に御目当の「涙石」があります。





Namidaishi_12.jpg
石段の中間地点に不思議な石があります。其れが「涙石」です。
周りの石は乾いて「白い色」してますがこの石だけは「濡れて、黒く」なってます。
この石にはとある悲しい伝承が・・・
遥か江戸時代の事、江戸幕府開祖の天下人徳川家康公を祀る日光東照宮の
建設が始まった頃の事です。運搬していた石が何故か「動かなくなる」事件が
発生しました。その石は元は弘法寺にあった石でありました。この石の運搬の
責任者が鈴木修理長頼という武士でした。その後の幕府の調査で無断で弘法寺の
石を使った事が露呈し、長頼は「切腹」の命を受けました。長頼はこの石の上で
「涙を流しながら」割腹し果てました・・・・長頼が流した涙と血が染込んだ石は
今日なっても常に「湿っている」と伝承されてます。





Namidaishi_13.jpg
涙石の横から撮影しました。周りの石は乾いてるのが分かりますね。





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背後から





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後方から





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拡大して撮影してみました。
んー地下水が染み出ている感じは無いようです・・・触る勇気はありませんでした。
触ってみたい方は「どうぞ」・・・その後命の保障はありませんが・・・・・・・・





Namidaishi_17.jpg
涙石のある石段を登り切りますと山門が見えて来ます。
この山門は文化財に指定さてます。よく見ましょう。





Namidaishi_18.jpg
山門を抜けますと右手に大きな桜の大木があります。樹齢はなんと400年!





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名前は「伏姫桜」と云います。おや此処にも女性の名前が・・・
手児奈様との関係はあるのでしょうか?





Namidaishi_20.jpg
伏姫桜の後方には本堂がありますが・・・弘法寺の山門と鐘楼以外は
明治大火と、太平洋戦争による戦火で大半の建物が焼け落ちてます。
今ある建物群は昭和・平成に建設されたものが多く占めてます。





Namidaishi_21.jpg
鐘楼をスケッチしている人たちです。





Namidaishi_22.jpg
境内の撮影を終えまして市川駅を目指します。
以上で手児奈聖堂・弘法寺の涙石レポートでした。^-^
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Author:屋敷サカヱ
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