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下茶屋公園

名古屋市中区
【探索日】2004年1月

〜案内看板より〜
この公園は、旧東本願寺別院・新御殿の後庭が
あったところです。真宗大谷派名古屋別院(東別院)
所蔵の平面図には「新御殿御庭」という別記があり、
天保のころ落成の建築群に伴って作庭されたものと
考えられます。この庭の平面形が下茶屋公園によく
残されており、江戸時代後期の庭園として
貴重なものといえます。また、東別院周辺一帯は、
古渡城跡地でもあり、尾張名所図会(幕末)の
「東本願寺掛所」によれば、「古渡古城天守閣址」
という記入があります。
名古屋市


shimotyaya_01.jpg
せっかく名古屋まで来たので「ダムド・ファイル」
を制作・放送しているメ〜テレと、その横にある
下茶屋公園を散策してみました。

裏の話:戦国時代、首洗い池と噂されている。
ここには城主を呪いながら自害した
‘お千代さん’の呪縛霊がいると伝えられている。
〜ダムド・ファイルより〜



shimotyaya_02.jpg
一見すると普通の公園のようでありますが、
歴史のある庭園だそうです。…巨大な石灯籠もあるし。。



shimotyaya_03.jpg
早朝なので散歩をしている人もまばら…
公園内には住んでいる方も居る様です;



shimotyaya_04.jpg
「ダムド・ファイル」1話でお馴染みの橋。



shimotyaya_05.jpg
渡ってみました…渇水期なので水が少ないです。



shimotyaya_06.jpg
水鳥が泳ぐのどかな公園風景でした。。



shimotyaya_07.jpg
公園の向いには…この看板;

「おためし場腑分けの跡」
〜案内看板より〜
この地は旧称新屋敷といい、藩士の新刀試しに
供した場所であった。文政四年(1821年)冬、
ここで名古屋最初の人体解剖(腑分け)が行なわれた。
当日の参観者は吉雄俊蔵はじめ六十余名、石黒済庵の
執刀により東西の医書を対照して行い、洋書の正確な
ことを知った。ちなみに、明和八年(1771年)
杉田玄白らが江戸小塚原で最初の腑分けを行ってより
五十年後のことである。
名古屋市教育委員会



shimotyaya_08.jpg
今は橘公園となっています。
この場所の事は放送では触れていなかった様な…



shimotyaya_09.jpg
こちらがメ〜テレ(旧名古屋テレビ放送)新社屋です!



shimotyaya_10.jpg
で、こちらが有名な旧社屋です!!
いろいろな噂があるそうですが…見学は出来ないとか。



shimotyaya_11.jpg
新社屋もシャッターが降りていたので見学が出来ませんでした(涙)
玄関先のメ〜テレキャラクター
羊の皮をかぶった狼「ウルフィ」を撮影して終了。



shimotyaya_12.jpg
帰りに…こっちが公園の正面入口だったのね…

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Author:屋敷サカヱ
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