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旧海軍司令部壕

〜沖縄、忘れられない、20世紀の爪あと〜

沖縄県豊見城市
【探索日】2006年5月
 
昭和19年(1944年)日本海軍設営隊(山根部隊)によって掘られた
司令部壕で当時は450mあったと言われています。カマボコ型に掘り
抜いた横穴をコンクリートと抗木で固め、米軍の艦方射撃に耐え
持久戦を続けるための地下陣営で、4000人の兵士が収容されていました。
戦後しばらく放置されていましたが、数回に渡る遺骨収集の後、
昭和45年(1970年)3月観光事業団によって司令部室を中心に
300mが復元されました。
〜案内パンフレットより〜



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小高い丘の上に「海軍戦歿者慰霊之塔」が建っています。
その横に壕への入り口がありそちらに向かいます。



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資料館が併設されていて中には
壕から発見された遺品が展示されています。



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食器類の間に手榴弾…



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壕の建設に使われたツルハシ、スコップなどもあります。
地域の住民も召集され手作業での工事だったそうです。



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参観料(大人420円)を払い地下へ下りて行きます。
入り口には全国から贈られた千羽鶴。



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長い長い通路。中は蒸し暑い…



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入り口が遥か上部に見えます。



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最下層に着きました。今は観光用に照明がありますが、
戦中は僅かな光しかなかったでしょう。



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沖縄の多湿な気候による壁のカビなどを防ぐため
部屋は漆喰で固められました。



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戦中は陸上で戦死した人々の血が、雨水と共に壕中に流れ込み
幾重もの血と泥の層が出来たそうです。



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当時の模様のイラストがあちらこちらに展示されています。



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配電用碍子。



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漆喰の壁に無数の穴が開いています。



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幕僚達が手榴弾で自決した痕です。
本来なら米軍と降伏交渉をして沖縄戦を終了させる役を担う
司令部の人間は、無責任にも交渉をせずに自決し、
残された兵士や住民は長く米軍の攻撃にさらされました。
さらに敗走した日本兵による住民虐殺事件も頻発。



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通路が負傷兵で埋められていた様子です。



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医療室と言われている場所。生存者の証言では
この部屋を中心に負傷兵が並べられていたそうです。



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収容し切れない患者は先程の絵のように通路に…



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発電機台跡。燃料はすぐに尽きたはず。
充分に稼動したのかは不明です。



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手掘りの跡が生々しく残る通路。



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下士官室です。



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パイプは簡易式のベッド…



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こちらにもツルハシが展示されていました。



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細い通路が網の目のように張り巡らされています。



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このドアから最期の突撃が行われたようです。
すでに弾薬は尽き、手には鉄の破片を持ちながら…



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司令官室です。



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当時の模様を再現した室内。



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このように会議が行われていたのでしょう。



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米軍上陸図です。米軍は中部から上陸し、
司令部のある南部へ侵攻していきました。



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やはり飛行場を制圧拠点としていたようです。



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当時の写真が展示されています。



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心が痛くなる写真ばかり。



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チューインガムを噛みながらピクニック気分で
米軍は上陸して来たとの生存者の証言も…



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今は静まり返った壕内。



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後世のためにもこの負の遺産は残してもらいたいです。



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哀しみに包まれた壕を後にします。



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太陽の光が降り注ぐ地上に出ます。この地で行われた
悲劇を忘れさせる南国の風景。

沖縄では、松本大本営の建設完成までの時間、米軍の
本土上陸を遅らせるための陽動作戦地として、
飛行場を造り沖縄に目を向けさせたと言われています。
国の勝手な思惑で沖縄島民、兵士は犠牲となりました。

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屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
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5月から月2回の不定期更新になります。
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