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南風原文化センター

〜沖縄、忘れられない、20世紀の爪あと〜

沖縄県南風原町
【探索日】2006年5月

ー施設案内より〜
南部への避難コースとなった南風原(はえばる)は
住民の42%にあたる3345人の住民が犠牲となった。
町内の森林一帯には、陸軍病院壕が造られた。
文化センター内には当時の壕の様子を再現した
ジオラマや、掘り出された遺品などを歴史などと共に
展示されています。



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雨が降りしきる中、南風原文化センターに到着。
建物の横には供養塔が建っています。



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社会学習の子供達と一緒に見学。
みんな真剣にちゃんと展示物や年表を見ています。
こちらが壕のジオラマ入り口。



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向いには寄贈された米軍の高射機関砲の砲身。
近所の人が戦後回収して自宅の柱として
使っていたモノだそうです。



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当時の沖縄の空は夥しい数の高射機関砲の弾幕で、
日本の航空機は一切近付けませんでした。



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病院壕で発掘された遺留品。



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ジオラマの中に入って当時の
格好をした軍医に驚かされました。



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病院独特の臭いが充満。
発掘された医療器具が並べられています。



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数少ない医療用品を増え続ける負傷兵に
有効に使われたのでしょうか…



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証言によって描かれた壕内のイラスト。



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今回廻れなかった今の病院壕の様子。
どれも長い年月で崩れ、焦げ跡も生々しく残っています。



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発掘作業の様子の写真。数多くの遺骨も回収されました。



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眼鏡のフレームや櫛、煙管や万年筆も発掘、展示されています。



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砲弾や爆弾、砲撃された壁の写真も…



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天井から吊るされた着物には穴が開いています。
この着物は、妊娠した女性の腹に砲弾の破片が当たり、
愛児が盾になる形で女性の命は助かった…
恨みの弾痕、着物からは哀しい叫びが聞こえてきそうです。



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戦前、海外へ移民した人々の品も展示されています。



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日本軍が配付したこの軍票はただの紙切れとなった。



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出口に特別展示された品々。
熱によって蒸された毛布…



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顕微鏡です。



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地雷や手榴弾、銃の部品も残されていました。



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鉄兜の持ち主は生き残れたのでしょうか。



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文化センター2階にも壕で発掘されたモノが
ところ狭しと展示されていました。



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ツルハシやクワなども…



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汗や血が染み込んだスコップ。



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何に使われたであろうか沢山の瓶。
ここを訪れた人達は過去の悲惨な出来事の記憶を
決して忘れないでほしいものです。


ひめゆり学徒隊も配属された南風原病院壕。
当時は30以上もの壕が掘られ、最も大きい壕は
第20壕で、長さ50m・幅2m・高さ2mもあった。
今でもツルハシの跡や、炭化した抗木が残っています。
大戦の戦跡では全国で初めて、南風原町の文化財として
指定されました。

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屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
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5月から月2回の不定期更新になります。
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