スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

玉の火薬庫跡

岐阜県関ヶ原
【探索日】2008年5月

玉の火薬庫跡
大正三年(1914年)に開設された火薬庫は、
正式には「名古屋陸軍兵器補給廠関ケ原分廠」といいます。
建設に従事したのは大半の地元玉地区と一部関ヶ原地区の住民でした。
指揮に当たったのは、岐阜68連隊で、後に敦賀19連隊に交代し、
完成後は第9師団第19連隊の管理下となりました。
門柱の一部は営門の名残りで、当時の陸軍が火薬庫に威信をかけて
いたことが偲ばれます。 関ヶ原町
〜案内看板より〜


sekigahara_01.jpg
道路沿いの雑木林に隠れるように建つ門柱。




sekigahara_02.jpg
土塁の前に建つ見張り用の立哨台。




sekigahara_03.jpg
火薬倉庫用土塁
この土塁は火薬倉庫への万一の誘爆に備えて設けられたものです。
敷地内には本洞窟、半洞窟利用のもの以外に、こうした一棟毎に
土塁で囲った倉庫総数28棟が、7ケ所にまとまり、
整然と建ち並んでいたのです。
また用地境界は鉄条網が張り巡らされ、その内側は樹木伐採に
よる防火線が造られるなど厳重さを極めました。 関ヶ原町
〜案内看板より〜




sekigahara_04.jpg
木の枝が簾のようになった土塁。




sekigahara_05.jpg
強固に造られているのでほぼ原形を留めています。




sekigahara_06.jpg
山の反対側にも立哨台があります。
24時間兵士が交代で火薬庫の見張りをしていました。




sekigahara_07.jpg
火薬庫の1つ目をさっそく見学させていただきます。




sekigahara_08.jpg
扉の主要部分は壊され中は真っ暗・・・




sekigahara_09.jpg
倉庫内の気温は寒いくらい・・深くは入れませんでした;




sekigahara_10.jpg
2つ目へ移動します。




sekigahara_11.jpg
中は物置きとして使われていたようですね。




sekigahara_12.jpg
3つ目は扉が閉ざされていました(安堵)




sekigahara_13.jpg
広場の端にもう一つ立哨台。




sekigahara_14.jpg
その奥に4つ目の火薬庫です。




sekigahara_15.jpg
中はストロボも届かない広さでした;




sekigahara_16.jpg
外との温度差が結構あるので‘ムンっ’とします。




sekigahara_17.jpg
入口が草に覆われた5つ目の火薬庫・・・




sekigahara_18.jpg
蜂やアブに追い立てられて中に入ります。




sekigahara_19.jpg
天井の漆喰が崩れて床に山積み・・・




sekigahara_20.jpg
火薬の誘爆にも耐えれるよう、当時の建築の推移を集めた設計だと
本には書かれていました。鉄筋が規則正しく張り巡らされてます。




sekigahara_21.jpg
むせ返るような暑さの外界に戻りたいと思います。




sekigahara_22.jpg
駐車場に咲く白藤に癒されて探索を終了。


旧陸軍火薬庫跡
大正初期より昭和20年までの30年間、この区域一帯は火薬庫として
使用されていました。周囲6キロ、面積約270ヘクタールあり、
東洋一の規模だったと言われています。
ここに火薬庫が造られたのは、交通の便はよく、小高い丘は
洞窟を築く上で都合がよいなど、立地条件に恵まれていたからです。
 関ヶ原町
〜案内看板より〜

この記事へのコメント

プロフィール

屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
「NeoNATS」へようこそ!
‘過去’に探索・サイト公開した物件を公開してます。
5月から月2回の不定期更新になります。
よろしくお願いします(*´∇`)ノ

FC2カウンター
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
FC2掲示板
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。