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旧生駒トンネル

大阪府東大阪市
【探索日】2005年5月

 
工事中の落盤事故で多くの犠牲者を出した近鉄奈良線の生駒トンネル。
1914年(大正3年)に開通したが、1946年(昭和21年)トンネル内で車輛火災が発生。
煙りに巻かれるなどして23人が死亡。二年後の1948年(昭和39年)急行電車が
トンネル内を走行中、ブレーキホースが破損しエアーブレーキが全く効かなくなり、
下り坂を加速しながら暴走。河内花園駅で先行の普通列車に追突して49人が死亡した。
1964年(昭和39年)車輛の大型化に適応した新生駒トンネルが開通したことにより
生駒トンネルは閉鎖。同時に大阪側にあった孔舎衛坂駅(くさかざかえき)も閉鎖された。



ikoma_01.jpg
住宅地を抜けて山沿いにしばらく走ると
閉鎖されたトンネル口が見えて来ます。





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ホームのあった場所に石塔が建てられています。





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旧生駒トンネル口は厳重に閉鎖されていました。
奈良側のトンネルの一部が再利用されているためだそうです。





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監視カメラが配備されています。





ikoma_05.jpg
扉の隙間から中が見れますので覗いてみましょう。
二重の扉とセンサー、カメラ2台で厳重に監視されています。





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朽ち果てたホーム…暴走した列車を
なす術もなく見送ったのでしょう。





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孔舎衛坂駅の駅舎でしょうか?





ikoma_08.jpg
駅施設のコンクリート台座が寂し気です。





ikoma_09.jpg
ホーム奥に鳥居が立っています。





ikoma_10.jpg
不動妙王の像が睨みをきかせてますね。






ikoma_11.jpg
貫通石も置かれていました。
ちなみに両側から掘り進められたトンネルの
最後の岩の破片で、工事を成し遂げた記念です。
安産のお守りとしても重宝されているとか…





ikoma_12.jpg
こちらが事故で亡くなられた人達の供養の地蔵尊。
冥福をお祈りしてこの地を後にしました。

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Author:屋敷サカヱ
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