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八幡の藪知らず(不知八幡森)

レポ提供:ヴラド魔王様

千葉県市川市

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総武線の秋葉原駅から約20分程で本八幡駅に
到着しました。駅前は賑やかでした。




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徒歩で歩く事5分国道14号線に出まして、
市川区役所の在る方向に歩きますと歩道橋が見えます。
この歩道橋から「八幡の藪知らず」を撮影しました。




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藪の隣は市営の駐輪場でしたので・・・
柵越しに藪を撮影しました。本当に雑木林ですが…




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此れは藪の唯一の入口です。小さな社が在りました。




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石柵越しぎりぎりで中を撮影。やけに竹林が多いですねぇ。
有名霊能者の寺尾玲子氏が霊視したところ・・・
僅かに「異界に通じる入口」の名残が在るそうですよぉ。
100〜200年前なら怪現象が起こりえた場所だと。
しかし周りの人が住みはじめ次第に神秘力が
衰えていったそうです。(朝日ソノラマ・闇の検証より)




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社の脇には石碑類が置かれてました。




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人家と藪の境目に市川市が設置した「解説文」です。

案内看板より
∽∽∽∽∽∽不知八幡森(通称:八幡の藪知らず)∽∽∽∽∽∽
江戸時代に書かれた地書や紀行文の多くが、八幡では「藪知らず」のことを載せています。
そして「この藪余り大きからず。高からず。然れども鬱蒼としてその中見え透かず。」とか、
「藪の間口漸く十間(約18メートル)ばかり、奥行きも十間に過ぎまじ、中凹みの竹藪にして
竹・漆の樹・松・杉・柏・桑の樹などさまざまな雑樹生じ…」などと書かれたりしていますが、
一様にこの藪知らずには入ってはならない所、一度入ったら出てこれない所、入れば必ず祟りが
あると恐れられた所として記載され「諸国に聞こえた名高き所なり」と言われて全国的に知られていました。
入ってはいけない理由については、●最初に八幡宮を勧請した旧地である。●日本武尊が陣所とされた跡である。
●責人の古墳の跡である。●平将門平定のおり、平貞盛が八門遁甲の陣を敷き、死門の一角を残したので、
この地に入ると必ず祟りがある。●平将門の家臣六人がこの地で泥人形になった…
と、いろいろ言われてきました。中でも万治年間(一六五八〜六一年)、水戸黄門(徳川光國)が藪に入り
神の怒りに触れたという話が、後には錦絵となって広まりました。
「藪知らず」に立ち入ってはならないという本当の理由が忘れ去られたため、
取り沙汰されてきたものではないでしょうか。また理由のひとつとして「藪知らず」が「放生池」の跡地で
あったからではないかとも考えられます。古代から八幡宮の行事に「放生会」があり、
放生会には生きた魚を放すため、池や森が必要で、その場所を放生池と呼びました。
藪知らずの中央が凹んでいることからすると、これは放生池の跡であるという可能性が十分に考えられます。
市川市周辺地域は中世には千葉氏の支配下にありましたが、千葉氏の内紛で荒廃し、八幡宮の放生会の行事が
途絶えてしまい、放生池には「入ってはならぬ」ということのみが伝えられてきたことから、
以上のような話が作られていったものと思われます。
「不知八幡森」の碑は安政四年(1857年)春、江戸の伊勢屋宇兵衛が建てたものです。
∽∽∽∽∽∽市川市教育委員会∽∽∽∽∽∽




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あの水戸黄門様も来た様で・・・・・




yabushirazu09.jpg
国道の対岸から藪を撮影。
この国道はかなり交通量が多く常に車が走ってます。




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近くには京成電鉄の路線も走っており、
遮断機待ち渋滞も起きるほどです。
以上「八幡の藪知らず」レポートでした。

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