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土浦武器学校展示場(前編)

レポ提供:ヴラド魔王様

茨城県土浦市陸上自衛隊土浦駐屯地内

今回は茨城県土浦にあります陸上自衛隊土浦駐屯地内の
「土浦武器学校展示場」に行きました。
世界で1台しかない『三式中戦車』に是非とも会いたいからです。


Tsuchi_01.jpg
列車・バスに揺られる事約90分。陸上自衛隊土浦駐屯地に到着です。
歴史は古く、駐屯地は大正10年に海軍時航空術部水上班とい名称で
海軍水上機の発着場として開設されました。




Tsuchi_02.jpg
駐屯地に入るにはまず入口で申請。用紙に名前、住所等を書き込みます。
記入事項を全て書き終えますと、見学コースが印刷された地図とバッチが渡されます。




Tsuchi_03.jpg
バッチは必ず見える所に着けてから入るようお願いします。
もし、つけてないと警備する自衛官の方に止められます。(不審者として;)




Tsuchi_04.jpg
バッチをつけて中に入ります。広大な駐屯地。前方には霞ヶ浦が見えす。
まずは屋外展示兵器の見学。戦後米軍から支給された兵器や陸上自衛隊で
現役を終えた戦車、現在も活動中の戦闘車両
(おそらく外観のみ再現の張りぼてと思われます)が見学出来ます。




Tsuchi_05.jpg
これは『203mm(8in)榴弾砲M2』重量は13.47t、最大射程16.97km
1940年代に制式化された重砲です。ロングトムより射程は劣りますが破壊力は大きく、
攻撃や防護の最重要拠点に投入されました。有名な戦いでは1944年の欧州戦線の
アルデンヌ攻勢作戦(バルジの戦い)では、包囲されたフランスのバストーニュ防衛線で
迫るドイツ軍を撃退しました。陸上自衛隊に供与され1995年まで使用されてました。




Tsuchi_06.jpg
軽戦車の決定版『チャーフィー戦車』1943年3月から開発が始まりました。
名前はチャーフィーの由来は人物で、アメリカ軍戦車部隊の創設に功績があった
アドナ・R・チャーフィー将軍に因んだニックネームです。生産した企業は
あのGM(ゼネラルモーターズ)一員であるキャデラック社でした。
生産は1944年3月から始まり、実際に戦場デビューしたのはあのバルジの戦いでした。
参加数は約20両。初陣の戦果は無し。それどころか、初めて見た米兵から
「ドイツの新型戦車パンダー戦車だ!」と勘違いされ誤射される事件が起きる程でした。
そとため、後に「仔豹」とあだ名されました・・・・。
チャーフィー戦車は1945年8月に生産中止されるまでに4731両生産されました。
その後は朝鮮戦争に参加するものの・・・あのT34/85の攻撃には耐えられず
早々に戦場から消えて行きました・・・しかし1952年2月に在庫で残っていた
チャーフィー戦車400両が陸上自衛隊に供与されました。もともと日本国土侵攻作戦用に
開発された軽戦車でしたから、自衛隊員の中では非常に評価された戦車でした。^−^




Tsuchi_07.jpg
有名過ぎる『M4シャーマン戦車』連合軍の一員であるイギリス軍からも高く評価され
車体が流用されシャーマンファイヤフライなりましたが・・・余にも強い対戦車砲だったので
逆に米軍が逆にイギリス軍にファイヤフライの供与を求めた話もあるほどでした。
戦後は、特に中東でシャーマン戦車は活躍しました。そうイスラエルです。
祖国独立のために掻き集め集められた戦車にシャーマン戦車がありました。
車体が特に重宝され、上部の武装は他の国のを搭載しました(←よくかみ合ったものだな・・・・)
下部はシャーマン、上部はフランス製の長75mm砲を搭載したM50。
105mm砲搭載した(←勿論車体はシャーマン)M51(アイシャーマン)まで生産しました。
アラブ軍の主力でしたT62系戦車をも撃破するほどでした。
極めて拡張性のある戦車として世界的に評価された戦車でした。




Tsuchi_08.jpg
シャーマン戦車の隣にあるのは『M36駆逐戦車ジャクソン』
対戦車自走砲のカテゴリーに入る車両です。




Tsuchi_09.jpg
『M36駆逐戦車ジャクソン』
全長7.47m 全幅3.05m 全高3.19m 最大装甲76mm
重量29.03t 最大速度41.8km/h 航続距離249km 乗員5名
【武装】90mm砲×1 12.7機銃×1
欧州戦線でドイツの新型戦車(パンダー戦車)や、
重戦車(タイガー戦車1型2型)の登場により
撃破が難しくなってきた1944年6月。強力な90mm砲を搭載した
『M36』が登場しました。90mm砲は
1000m先の垂直装甲を貫通出来るために、タイガー戦車や
パンダー戦車を600mで撃破出来ました。
生産台数は2300両以上。戦後の朝鮮戦争では、重戦車の
「M26パーシング戦車」と一緒に北朝鮮軍と砲火を交えてます。




Tsuchi_10.jpg
戦後米軍から供与された車両群の次に陸上自衛隊の戦車が展示されています。




Tsuchi_11.jpg
『61式戦車』
(車体とエンジンは三菱重工製・高速90mm砲は日本製鋼所製)
全長8.19m 車体幅6.3m 全幅2.95m 全高3.16m 重量35t
最大装甲(推定110mm)
【武装】52口径90mmライフル砲×1 12.7機銃×1 7.62機銃×1
最高速度45km/h 乗員4名 航続距離200km

昭和36年(1961年)に登場した戦後初の国産戦車。デビュー当時はM47パットンのコピーと
揶揄されましたが、戦前の九七式中戦車を思わせるラインが残っています。1975年の退役までに
生産された台数は560両でした。現在はもぅ国内には存在してません。すべて退役しました。
ここにあるのは貴重な車両です。




Tsuchi_12.jpg
『74式戦車』
全長9.41m 車体幅6.70m 全幅3.18m 全高2.25m 最高速度53km/h
乗員4名 航続距離300km 最大装甲(非公開) 重量38t
【武装】51口径105mmライフル砲×1 12.7機銃×1 7.62機銃×1

61式戦車の隣にあるのは『74式戦車』です。別名「ナナヨシ」と謂われている戦車ですね。
今、日本国土を守る戦車の大半がこの74式戦車です。新型の90式戦車や新新型TK-Xは
まだまだ台数が少ない(←凄い価格だからねぇ。)ですからこの74式戦車が日本の主力戦車です。




Tsuchi_13.jpg
ナナヨシの隣には・・・そうあの戦車です。新型の『90式戦車』
外見はあのWW2の有名戦車ティーガー1型を彷彿とさせるスタイルをしてますね!




Tsuchi_14.jpg
『90式戦車』
全長9.80m 全幅3.40m 全高2.30m 登坂能力33.8°
最高速度70km/h 乗員3名 最大装甲(非公開機密) 重量50t
【武装】44口径120mm砲×1 12.7機銃×1 7.62機銃×1
航続距離350km
現在陸上自衛隊で最強の戦車です。世界の大国(米露英仏伊独中)が保有する
戦車と堂々と対峙できる戦車です。




Tsuchi_15.jpg
屋外に展示されてました車両全て見まして次は庭園の方へ。雄翔園と雄翔館があります。
ここには戦中、特攻出撃した陸海軍のパイロットの方を慰霊する場所になってました。




Tsuchi_16.jpg
ここが雄翔園です。奥には2体石像があります。
この地より出撃した方の思いを考えながら手を合せました。
(ー人ー)




Tsuchi_17.jpg
雄翔園の手前には『山本五十六元帥』の銅像がありました。
昭和18年(1943年)4月14日。ソロモン諸島(ガダルカナル島攻防戦)の悪化に伴い、
山本長官直々にラバウルに到着。一式陸攻と複数のゼロ戦護衛で最前線基地を目指してましたが
情報漏れ(←故意に対立する陸軍が流した節もある。)により待ち伏せ攻撃を受け戦死なされました。
遺体は「戦艦武蔵」でトラック諸島から運ばれ、本土で盛大な国葬が行われました。後に元帥に昇格。
昭和18年から20年までは銅像は設置されていましたが、終戦直前には米軍の破壊を恐れ、
銅像は2つに折られました。そして地中に埋められました。上部は昭和23年発見されました。
今は呉の江古田の海上自衛隊基地に保管されてます。下部はなんと平成14年6月10日に
雄翔園の常在戦場碑の付近で発見されました。

後方の雄翔館には、特攻で散った陸海軍のパイロットの遺書や遺品が展示されています。
撮影は厳禁です。しっかり見て行きましょう!

雄翔館の裏手にはお目当ての世界で1台しかない三式中戦車を見に行きます!



後編へ続く

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屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
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5月から月2回の不定期更新になります。
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