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於岩稲荷田宮神社本社

レポ提供:ヴラド魔王様

東京都中央区


oiwasama_01.jpg
於岩稲荷田宮神社本社へ行くには、地下鉄日比谷線か
JR京葉線の八丁掘駅で降り鍛冶橋通りを10分程歩き
亀島川を渡ると交番が見えます。神社への案内図は
有りませんので、交番の脇に設置されている巨大な
地図を見れば行けます。





oiwasama_02.jpg
交番を通り過ぎゆっくりと歩いた方が良いですねぇ。
雑居ビルが林立するビル街の細い道を歩きますと、
高い塀で囲まれた一帯が見えて来ます。
木が生茂ってますから分かります。
此処が於岩稲荷田宮神社本社です。





oiwasama_03.jpg
入口です。境内は手入れが行届き綺麗でした。
しかし…新宿区左門町にある分社と比べますと…
かなり殺風景な神社です。





oiwasama_04.jpg
本殿の前には鳥居があります。
文化財に指定されてます。
恐る恐る中に入りました。





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境内に在りました案内板です。
ちょっと接近して撮影しましたので見ずらいですが…





oiwasama_06.jpg
本殿の奥には百度石がありました。
役者さんが寄進したものでしょうねぇ。





oiwasama_07.jpg
本殿です。見た感じでは…かなり荒れている様な感じでした。
此処は何故か役者さんからの寄進された物が少ないです。
人気も無い様です。此処は本社なのに…





oiwasama_08.jpg
於岩稲荷田宮神社本社は、明治12年の四谷左門町の大火で
社殿が燃えてしまったので、当時歌舞伎役者の市川左団次が
「御参りするのは四谷が遠いので、是非新富座近くに移ってほしい」
と懇請により大火の際、守り通された御神体を分霊する様な形で
今の場所に移りました。太平洋戦争による東京大空襲で
左門町と越前堀の於岩稲荷田宮神社は御神体以外は全焼しました。
今でも「本家争い」は続いてます、戦後間もない昭和27年。
御岩様とは関りの無い世田谷区鳥山町玄照寺の山岡辰海という
和尚が四谷左門町に「於岩稲荷立成殿」を称する陽運寺を創設し、
「於岩稲荷はこちらが本物」と、盛んに信者を集めました。
本家元来の田宮家も黙っていられず、同年崇敬者と左門町の住民は
全焼した左門町の土地に田宮神社を再建しました。
人間の対抗心が起こした争いですねぇ…

以上、於岩稲荷田宮神社本社レポートでした。

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