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佐倉城址

千葉県佐倉市城内町
【探索日】2004年7月

ご案内:『噂の現場』sudoh様

〜案内看板より〜
この公園は佐倉城址を中心に整備された歴史公園で、
本丸や出丸の跡を始め空堀など昔をしのばせる
歴史的遺産と椎、樫などを中心とするうっそうとした
樹林に恵まれ、市民の憩いの場となっています。
位置:佐倉市城内町 面積:26.2ha
主要施設:自由広場・散策園路・三徑亭(茶屋)


sakura_01.jpg
公園の駐車場に車を停めて準備をしていると
散歩をしている人がいっぱい…まだ6時なんですが;
生憎小雨が降り出して来てしまいました。





sakura_02.jpg
〜案内看板より〜
佐倉城は印旗沼へ注ぐ鹿島川、高崎川を外堀とし、
台地上に土塁を加えて築城した平山城で、石を用いてない。
戦国時代の中頃、千葉氏の一族鹿島幹胤によって初めて
築かれたと伝えられ、別に鹿島山城とも呼ばれた。
千葉邦胤もここに本城を移そうとしたが、なかばにして
果たさず、のちに徳川家康がその要害に着目し、
土井利勝に命じ慶長16年(1611年)正月から7年間を費やし、
元和3年(1618年)頃に完成した。以来、徳川幕府では江戸の
守りとして老中格の譜代の諸候九氏を封じた。
延亨3年(1746年)山形から堀田氏が再び移封し、六世126年間
11万石を領有して明治維新に及んだが、明治6年(1873年)
第一軍管第二師営の営所が置かれた城の施設はことごとく壊された。
その後、歩兵第ニ連隊、歩兵第五十七連隊などの兵営となった。





sakura_03.jpg
階段を下りていると雨が激しさを増して来ます。
靄と雨粒は気にしないで下さい;





sakura_04.jpg
長い階段を下りた場所には水草で湖面を覆われた池が現れます。





sakura_05.jpg
〜案内看板より〜
【姥が池】
この池は江戸時代、かきつばたの名所でした。
春先には近在のひき蛙が数千匹あつまり、左右にわかれて
昼夜7日間、蛙合戦を行なっていたと、「古今佐倉真佐子」
(江戸時代中頃の書物)に記されています。
後に(天保年間)この池のまわりで家老の娘をお守していた
姥が誤って娘を池に落としてしまい、娘はそのまま
沈んでしまいました。姥は困り果て身を投げたと伝えられ、
以来「姥が池」と云われるようになりました。





sakura_06.jpg
「姥が池」を見学していよいよ本命へ移動します。
広場にポツンと残された階段。白いネコ付です。





sakura_07.jpg
近付いて観察開始!噂では十三段階段に登ると
呪われると聞きましたが;





sakura_08.jpg
正面からです。この階段については諸説ありますが、
絞首刑台、落下傘の練習台、兵舎の取り残された階段など…
やはり軍施設の名残りでしょうか?





sakura_09.jpg
せっかくなので一周してみます。





sakura_10.jpg
裏側です;





sakura_11.jpg
名残惜しいですがこれでお別れです。





sakura_12.jpg
元来た階段を登っていくと雨が益々ひどくなって来ます。

これにて終了!sudoh様ご案内いただきましたm(__)m

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屋敷サカヱ

Author:屋敷サカヱ
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