スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
賽の河原(後編)
新潟県佐渡島
【探索日】2006年9月
幼くして亡くなった子供達の魂は、三途の川の畔にある賽の河原に
やってくる。親より先に死に孝行も出来ず悲しませる事は、
仏教上では大きな罪であるため、三途の川を渡らせてもらえない。
そして子供達はここで一生懸命石を天に届けと積み上げる。
やっと石を積み上げた途端、恐ろしい形相の鬼がやって来て、
その石積みを崩す。子供達は泣きながら親の名を呼びつつ、
再び石を積み上げ始める…永遠と繰り返される哀しい作業。

海を向く石柱の責任の重さを感じます。

小さな地蔵が手を合わせて祈りを捧げている。

来る日も来る日も何年も祈っています。

洞窟の両脇に鎮座する地蔵群。

不動明王が奉納されています。

岩の陰にも小さな地蔵の集団。

幼子を亡くした親がここを訪れ、子供の魂を想い
石を積んで魂を慰めていくそうです。

洞窟の外に出ました。いたる所に石が積まれています。

子供の魂が救われる日が来るのでしょうか…

壊れてもなお回り続けるかざ車。

そっとこの地を後にします。

二ツ亀は静かに我々を見送ってくれました。
【探索日】2006年9月
幼くして亡くなった子供達の魂は、三途の川の畔にある賽の河原に
やってくる。親より先に死に孝行も出来ず悲しませる事は、
仏教上では大きな罪であるため、三途の川を渡らせてもらえない。
そして子供達はここで一生懸命石を天に届けと積み上げる。
やっと石を積み上げた途端、恐ろしい形相の鬼がやって来て、
その石積みを崩す。子供達は泣きながら親の名を呼びつつ、
再び石を積み上げ始める…永遠と繰り返される哀しい作業。

海を向く石柱の責任の重さを感じます。

小さな地蔵が手を合わせて祈りを捧げている。

来る日も来る日も何年も祈っています。

洞窟の両脇に鎮座する地蔵群。

不動明王が奉納されています。

岩の陰にも小さな地蔵の集団。

幼子を亡くした親がここを訪れ、子供の魂を想い
石を積んで魂を慰めていくそうです。

洞窟の外に出ました。いたる所に石が積まれています。

子供の魂が救われる日が来るのでしょうか…

壊れてもなお回り続けるかざ車。

そっとこの地を後にします。

二ツ亀は静かに我々を見送ってくれました。
この記事へのコメント